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2006.08.26

探していた地図があった

実は作ってみたいと思っていた地図がありました。 WORLDMAPPER

これは、Land Areaを1番目として、現在172の世界地図が載っています。
Land Area は普通の地図ですが、171のほかの地図はそれぞれの項目ごとに世界に占めるその国の量を面積で表しています。
こんな項目に注目しました。

元ネタは韓国朝鮮日報の記事「「2015年に世界6位」 韓国のGDP、米日抜き間近!?」で、オリジナルを探したらこんな面白いサイトでした。
英国シェフィールド大の「SASI」(社会と空間の不平等に関する研究グループ)と米国ミシガン大の研究チームが「世界経済力地図」を作成した。 これは世界各国をその国の面積ではなく経済力に比例した大きさで表し、地図にしたものだ。

8月 26, 2006 at 06:56 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

うそ発見器のウソ

朝日新聞より「ネット情報「ウソ発見器」 総務省が開発へ
真偽が見極め難いさまざまな情報が乱れ飛ぶインターネット。その中で、ウソや間違いらしい情報を自動的に洗い出し、ネットの利便性を高めるシステムの開発に総務省が乗り出す。
ネット上にある関連深い別の情報を探し出し、比較参照することで、情報の「デマ率」などを示す。研究機関と協力し、2010年までの開発を目指す。
07年度予算では、まず3億円を要求する。

ネット上の情報は、何人もの目で事前に校閲された出版物などに比べ、誤った内容が少なくない。信頼性を確かめるには、利用者が他の情報と付き合わせるなどの作業を行うしか手がない。

総務省が構築を目指すシステムは、この選別をコンピューターで自動的にやらせるものだ。
ネット情報のウソや間違いの「発見器」といえる。
これは、単なるネット上の多数決システムじゃないのか?
つまりは、Googleとかすでにやっている。

だいたい情報が真実であるかどうかはそんなに簡単に決まることではない。
背景の事情とかいろいろなものが積み重なっているのが情報だし、そもそも情報も口裏を合わせれば、無実のを人を1年間に渡って臭いメシを食わせるぐらいのことはできている。

要するに情報の真実を見抜く力こそが人の知恵であろう。
そして、ネットだけが情報じゃない、他の情報と突き合わせをするとは現地調査とか本の調査とかをセットにすることだろう。

こんなバカバカしいことに国の資金を使うのはナンセンスだ。

8月 26, 2006 at 05:51 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006.08.25

魔のカーブ

朝日新聞より「トラックが8メートル下の屋根に転落 長野・千曲
25日午前4時50分ごろ、長野県千曲市雨宮の上信越道更埴ジャンクションで、大型トラックが右カーブを曲がりきれず、約8メートル下の住宅資材販売会社の2階屋根に落ちた。
会社に人はおらず、トラックの運転手(32)が足や胸の骨折などで重傷。現場は今月9日朝にもトラックが横転し、積み荷の鋼材約30本が落ちたばかりだった。
朝日新聞の記事の写真が分かりやすいので紹介しましたが、注目するべきは

現場は今月9日朝にもトラックが横転し、
積み荷の鋼材約30本が落ちたばかりだった。

これだけでも相当すごいですが、読売新聞にいかに事故が多発しているかが紹介されています。

読売新聞より「高架道から大型ダンプが会社事務所に転落、運転手重傷
996年のJCT完成以来、このカーブでは事故が多発。
昨年44件、今年はこれまでに25件の事故が起きており、人身事故は今年2件目。
今月9日にも、トレーラーが横転し、積んでいた鋼材約30本が事務所近くに落下する事故があったばかりで、地元では「魔のカーブ」と呼ばれている。
高速隊は、直前まで直線が長く続くため、スピードを落とさない車が多いとみている。
毎週一回事故が起きているようなとんでもない所だと分かりました。そこで地図を見てみます


Up_5
必要に応じて元の地図で拡大して見ると分かりますが、転落したトラックはこの道路を下側つまり南から北上して、更埴ジャンクションで右に向かうカーブで外側に飛び出しました。

注目するべきは、この道路の曲がり方で

  緩い右カーブ
  緩い左カーブ
  キツイ右カーブ

となっています。
まして直前に左に分かれ道がありますね。これは、難しいカーブでしょう。

それにしても、いったい全部で何件の事故が起きているのでしょうか?数百件の事故が起きていると推測出来ますが、これは道路の欠陥と言うべきでしょう。
除雪のことを考えたりすると難しいところがあるのでしょうが、もうちょっと知恵を出してなんとかするべきでしょう。

8月 25, 2006 at 03:42 午後 事故と社会 | | コメント (7) | トラックバック (0)

ソニーのリチウムイオン電池事件・その4

IT + PLUS より「米アップル、ソニー製電池180万個をリコール・発火の恐れ
米アップルコンピュータがノート型パソコンに搭載されていたリチウムイオン電池180万個をリコール(回収・無償修理)することが24日、明らかになった。
政府機関の米消費者製品安全委員会(CPSC)にリコールを届け出た。問題の電池はソニー製で、過熱して発火する恐れがあるという。
日経新聞より「リコール費用200億―300億円、ソニー「これ以上回収ない
ソニーは25日朝、米アップルコンピュータが24日にノート型パソコンに使用するソニー製リチウムイオン電池に発火の恐れがあるとしてリコール(回収・無償修理)すると発表したことについて、今回対象の電池パックは「現時点でこれ以上の回収が行われることはないと考えている」との声明を発表した。

14日に明らかになった米デルの回収と合わせ、ソニーが負担するリコール費用は合計で200億―300億円を見込んでいる。
アップルののーとPCが出火したというのは、デルのPCを対象とした電池回収決定以前に報道されていて、それだけで「デルは回収するが、アップルは回収しない」という決定が出来るものなのか疑問視されていたが、結局回収に決まった。

ソニーは「それ以上回収を行わない」と言っているが、ソニーのPCでの出火が報告されているのだから、これにどう対処するのか?

戦争を論評する言葉で「戦力の逐次投入」がある。
これは一気に大きな戦力を投入して決着をつけるのではなく、事態の進行に応じて戦力を投入するために、戦争(戦闘)が長引くまずい戦略を批判する言葉です。
先日のパロマの対応や、ちょっと前になるが三菱ふそうの対応なども後から後から問題が出てき「この会社はどういう事だ」と大批判に発展してしまうのは、戦力の逐次投入による失敗と言えるでしょう。

つまり、ソニーが「三菱ふそうのような評価になる」可能性がが出てきたと感じます。
どうして社会一般に「それで大丈夫なのか?」という内容を断定的に「やらない」とか「大丈夫」とか発表できるのだろう?
ソニーの株価は8月24日は前日比150円安の5100円と3%の下げでした。一時は180円安(3.43%)でした。
どうも悪い展開になってきたように感じます。

8月 25, 2006 at 09:01 午前 もの作り, 事故と社会 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.08.24

ソニーのリチウムイオン電池事件・その3

「ソニーのリチウムイオン電池事件・その2」で、ソニーのコメントを紹介した。


ソニーは「発火はデル製パソコンの
充電回路と充電池に混入した金属粒子が
特定の場所に入り込んだ場合
にのみ発生する」と、
自社製パソコンでは問題は
発生していないと説明する。



このソニーのコメントについて、わたしは疑問符があると書きましたが、engadget「ソニーVAIOノートも炎上」の記事が出ました。
遂に真打ち・ソニーバイオが爆発炎上しています。

事件が起こったのは米カンザス州ShawneeのPaul Kuppermanさん宅で、電源を切って充電中だったバイオが突然炎を噴きだしたとのこと。
いったんは消火器で消し止めたものの数分後にまた発火したため消防当局が呼ばれる騒ぎになりました。
幸い被害はVaioそのものを除けば壁の焼け焦げと家具が消火剤を被っただけと伝えられています。

地元局のTVニュースによれば炎上バイオは4年前に購入したモデルということですが、発火原因やリコールとの関連は不明。
世界で大人気のVAIOノートだけに速やかな原因解明が望まれるところです。
大丈夫なんて事を言って良いのか?と思っていたらこんな事になりました。
なんかパロマとかプールの吸い込み危険性の調査漏れとかと同じ「だろう。発表」がソニーでもあらわになりました。
しかし、通常使用している状態で火を吹くなんて論外だと思うけどね。

8月 24, 2006 at 01:11 午後 もの作り, 事故と社会 | | コメント (1) | トラックバック (0)

プール吸い込み事故の暗黒面その12

昨日、メールで「プール吸い込み事故の暗黒面」シリーズ(?)全体についてコメントをいただきました。
「ARエコノート」の有田さんからでした。

そこで、さっそく拝見したのですが、「埼玉プール事故:欠陥プール」にわたしの勝手な推測とは比べものにならない詳細な記事が出ています。
写真で説明がありますから、是非とも記事をご覧いただくとして
「吐出側には安全格子があるのに、吸水側にはないよね。これは設計か施工に大きな問題がある」

出水口の安全対策まで配慮するような建築業者が、なぜ吸水口は危険なままにしていたのか。出水口の格子を見る限り、建築業者が安全対策をとらなかったというのはちょっと考えにくい。
とすると、吸水口の安全対策は別の業者が行ったのではないか。その別の業者とは誰か?

設計図書と完成図書を併せて見れば、当たっているのかどうかがすぐにわかります。
実は、私が入手した本件プールの建築図面には吸水口の位置もサイズもありませんでした。
だとすると、吸水口に関する図面は設備工事側の図面にあるはずが、現段階では私にはわかりません。

もし施工図面に吸水口の安全対策がないのなら当初から「悪魔の穴のプール」だったことになり、設計施工業者とオーナーのふじみ野市の責任はきわめて重くなります。

ふじみ野市が始めた事故調査委員会をみていると、プール本体の問題には一切触れず、受託業者やプール管理の問題に責任を押しつけようという気配が出てきましたので、敢えて私の考え・推論をここに公開する次第です。
期せずしてわたしが「暗黒面」と名付けたのが当たりそうだという事態になってきました。


すごいと思うのは、有田さんは以前から「プール」というカテゴリーで記事を書かれています。
たまたまふじみ野市で死亡事件(わたしは事故ではないと考えます)が起きて、新聞・テレビにコメントを求められた、という専門家です。

わたしが「暗黒面」と名付けたのは、全くの直感であったのですがそれでもこの種の事故はずーと続いていることは知っていて、それでもまるで改善されていないと理解していました。
そのために「おそらくは相当ヘンな背景があるのではないか?」という予測もあって「暗黒面」としたのですが、当初の予想をはるかに越えて深い闇が見えてきた、と言うべきでしょう。


パソコン通信に参加したときに「世の中にはあらゆる問題について専門家が居るものだ」でしたが、こんかい久々にこの思いを強くしました。
「プール吸い込み事故の暗黒面」に興味のある方は是非とも「ARエコノート」をご覧下さい。

8月 24, 2006 at 10:36 午前 事件と裁判, 事故と社会 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2006.08.23

御巣鷹山事故から21年目の本

一昨日「旅路真実を求めて」8.12連絡会編 上毛新聞社刊 ¥1,000 を頂きました。
日航機墜落事故から21年。愛する人を失った家族たちは、その日から何を語り、いかに行動してきたか。「真実は何か」を求める活動を通して見えてきたこと、訴えたいこと、糾すべきこととは…。
本書は、遺族会である「8.12連絡会」の活動記録誌。
日航123便が御巣鷹山で墜落したのが、1985年8月12日でした。

一飛行機マニアとしては普通の人以上の関心はありましたが、今から10年ぐらい前に「8.12連絡会」の事務局長の美谷島邦子さんが私の中学の同学年生であることを知りました。

この方(美谷島さん)が、子どもを一人夏休みで送り出して亡くなってしまった、それで事務局長になったということはほとんどリアルタイムで知っていたことですが、まさかそれが知人であるとは想像もしていませんでした。

現在では折に触れて連絡を取る仲なので、今回は本を頂戴しました。


わたしは飛行機マニアであり、この事故については原因が明らかになったとは言えない、ましてなぜ破損したのかそれは尻もち事故の修理のミスだけの問題か、その後の点検の問題か、あるいはそもそも修理するべきだったのか、などがすっきりした説明にはなっていません。

まして、それが検察ではどういう評価をしなぜ不起訴となったのかについても、説明がありませんでした。
今回、この本で90年7月に開催された、被害者(8.12連絡会)に対する不起訴理由の説明会の検察側からの説明と被害者(8.12連絡会)からの質問・疑問と検察の見解などが出ています。

検察官は国際間にまたがる(アメリカ製の飛行機が日本で事故を起こした)事件についての国際間の捜査態勢の将来構想にも言及していて、当時(今もだが)現実と法律、事故防止のために原因解明の重要性などについてよく説明しています。

これはすごい資料だと思います。

多少とも興味のある方にはお薦めの本です。

酔うぞ拝

8月 23, 2006 at 03:58 午後 日記・コラム・つぶやき | | コメント (1) | トラックバック (0)

シュレッダーで幼児が指を切断

毎日新聞より「シュレッダー事故:2歳児の指切断2件発生 経産省注意
業務用シュレッダーに2歳の幼児が指を巻き込まれて切断する事故が、今年3月と7月に相次いで発生していたことが分かった。
メーカーから報告を受けた経済産業省は「家庭でシュレッダーを使う機会が増えており、同種事故が続く可能性がある」として、23日に事故を公表するとともに、シュレッダーに幼児を近づけないようにするなどの注意を呼び掛けることを決めた。
メーカーは再発防止策を同省に報告、要望がある場合は無償で対応する措置を取る。

3月の事故は、大手生活用品会社「アイリスオーヤマ」(仙台市)製の業務用シュレッダー「SCA-410D」(高さ約60センチ)。
同10日、静岡市内の女児(2)が、両親が経営する事務所内で、電源が入っていたシュレッダーの紙投入口に誤って指を入れ、両手の指を9本切断した。

シュレッダーはA4用紙約10枚の処理が可能で、1度に処理できる枚数を増やすため、紙投入口の幅が約8ミリあった。
事故後、同社は紙投入口を約3ミリに縮小した。

同社は23日から、事故が起きた機種と同じタイプのシュレッダー計5種約4万5000台を無償で改良品と交換する。


7月の事故は、「カール事務器」(東京都葛飾区)社製の同「DS-4000」(高さ55センチ)。同15日、東京都板橋区の自宅で、男児(2)の左手が同様に、シュレッダーに巻き込まれ、指を2本切断した。

このシュレッダーはA4用紙4枚を裁断できる。
紙投入口の幅は4~4.5ミリだが、今後2.5~3ミリに狭くする。

同社によると、同機種は約9100台を販売。特に家庭で使用している場合、無償で投入口を狭くする。
子どもの目からは魅力的に見える仕組みですから、家庭に普及したことで起きるようになった事故ですね。
しかし事故を起こした機種の投入口が、8ミリ~4ミリとは、ずいぶん大きいような気がする。
わたしが使っている機種は4ミリだと押し込まないと入らない。
この程度でもクロスカットだし、大量のゴミ処理でもしない限り通常は十分な性能を持っています。

事故を起こした機種は、より業務用だったのだろうか?
しかし業務用であれば、業務用としての安全設計の考え方もあるはずで、なかなか難しいところですね。

8月 23, 2006 at 08:38 午前 もの作り, 事故と社会 | | コメント (14) | トラックバック (3)

2006.08.21

大学生もどきをどうするのだ?

サンケイ新聞より「大学生による事件、幼稚さ増す 教育機関の悩み深く
大学への進学希望者と合格者が同じになる「大学全入時代」を来春に控える中、万引や婦女暴行、殺人など、大学生の犯罪が相次いでいる。
「幼稚」「自立心が弱い」など、今どきの大学生の心の問題が根底にある。
事件を起こした大学では、本来なら小中学生に行うような倫理道徳教育を実施した。
教育の最高機関が抱える悩みは深い。

法政大教授で教育評論家の尾木直樹さんは「今の大学生は未発達で自立心が弱く、群れをなして行動する。
常に友達に依存していないと生きていけない」と感じている。

尾木さんはリポートの名前をひらがなで書くなど、大学生の稚拙な犯罪と学力低下との関係に注目している。
「今の大学生には向上心がまったくない。教育現場にかかわってきて、こんなことは初めて。
中高生レベルの生徒が入学するようになって、私自身、中学校の教師になったようだ」と、大学生の稚拙な犯罪が今後も相次ぐことを危惧(きぐ)している。

学生が事件を起こした大学では、規範意識の徹底など、本来なら小中学生に行うような倫理道徳教育を実施している。
京大は事件後、在学生や新入生に「人権を考えるために」と題したパンフレットを配布した。
この中で、「性暴力-本学の学生による事件について考えてみましょう」と事件を取り上げた。
学内からは「大学生にもなってこんなことを教えなければいけないのか」との声も上がったという。
この記事は出発がおかしいのではないだろうか? 「大学全入時代」を来春に控えるとなっているが、わたしは「大学全入はあり得ることか?」でデーターとして全入は出てこないだろうし、大学生の質を問題にする大学は質の良い学生を採るように方針をシフトするだろう。と考えた。

学内からは「大学生にもなってこんなことを教えなければいけないのか」との声も上がったという。 の裏返しは「こんな事を教えなくてはいけない学生はいらない」になるだろう。
一般には、大学の先は実務の社会になる。普通の会社などがこんな程度の教育をするかクビにするかどちらを選択する?となればクビにするに決まっている。なんで大学が引き受けなければならないのか?理由が全くない。

そもそも、社会にとって大学卒業者の数の適正割合というのがあるのではないか?韓国では大学進学率が80%以上だそうで、大学を出たけど就職できない場合があるそうだ。

社会が必要とする人が基本であって、ちょっとぐらいは外れた人が居るのは世の常ではあるが、それでも排除されないということではない。
なんで「大学全入」なんて言葉が一人歩きするのだろう?高校ですら全入は実現していない。
もちろん「学校に行かないとドロップアウトになる」と以前から言われているが、高校へ大学へと先送りしてその先をどうするのか?
社会は現実を直視する時期になったと思うのだが。

8月 21, 2006 at 10:01 午前 教育問題各種 | | コメント (14) | トラックバック (1)

2006.08.20

信号機はビデオで撮影できない

毎日新聞より「LED信号機:ドライブレコーダーに同調 新鋭機器に盲点
交通事故の瞬間を映像で記録する「ドライブレコーダー(ドラレコ)」で発光ダイオード(LED)式信号機を撮影すると、信号の光が写らない場合のあることが、日本自動車研究所(茨城県つくば市)の調査で分かった。

同研究所がドラレコの映像数万件を分析した結果、LED信号機が消灯しているように写った映像が相次いで見つかった。

ドラレコの撮影間隔は一般用ビデオと同じ毎秒約30コマ(29・97コマ)のことが多い。西日本の交流の周波数はほぼ2倍の60ヘルツで、特に同調しやすい。50ヘルツの東日本でも、カメラの撮影間隔と周波数の組み合わせによって、数秒間の消灯状態が起き得るという。

警察庁によると、05年度末で全国の信号機の約7%(約13万灯)がLEDになった。

問題の解決には、LEDの電源を直流化するか、ドラレコの撮影間隔を変える必要がある。

しかし、ドラレコ導入を呼び掛けてきた
国交省は「汎用カメラが使えず、ドラレコの価格が上がる」として、撮影間隔の変更をメーカーに要請することには及び腰だ。
信号機を所管する警察庁も「ドラレコのために信号機があるわけではない。電源の変更は考えていない」と言う。
これは、信号機を変えるべきです。
30フレーム/秒というのは普通のビデオ(テレビ)のフレーム数ですから、別にドライブレコーダーじゃなくても「ビデオカメラで信号機は撮影できない」のであって、交差点に設置してるカメラだって撮影設定が標準ではダメな場合が多いでしょう。まして、普通のビデオカメラで撮ったら写らないと。

警察庁が「ビデオカメラで信号を撮影しても写らないときがあるが、それで良い」というのならとにかく「ドライブレコーダーだから」というのは己の馬鹿さ加減の表明にしかなりません。
信号機をどうするのかという大問題のはずですよ。

8月 20, 2006 at 12:52 午後 国内の政治・行政・司法 | | コメント (3) | トラックバック (1)

学校に教養科目の新設を計画しているが

読売新聞社説 [高校新教科]「広げたい伝統文化を学ぶ試み」
高校の新教科・科目として来年度、東京都教委が「日本の伝統・文化」、兵庫県教委が「日本の文化」を創設する。

国際社会に生きる日本人としての自覚や誇りを養い、同時に他国の伝統や文化も尊重できる生徒を育てる狙いだ。
高校時代は自らの価値観を形づくる上で大事な時期だ。基礎となる素養を身につける授業を全国に広げたい。

東京、兵庫とも、2003年度から学校が学習指導要領以外でも独自に設定できるようになった科目枠を利用し、2単位(週2時間)の選択制になる。

現行の学習指導要領でも、中学、高校の国語で古典を読んだり、高校の日本史で各時代の文化を学んだりはする。
しかし、日本人とは何か、を考えさせる系統的な深みのある内容ではない。
小、中学校でも総合学習や関連教科などで伝統文化の学習を進め、高校までの一貫性を持たせる。
両教委とも教材は手作りになるが、素地がないわけではない。
高校に社会人講師として数十回は訪問したことになりますが、今の高校をランキングしているのは結局は進学率です。
しかし、上位校と中低位校でどちらが教養を身につけるか?となると、これはランキングなどとは無関係で、先生方や学校の方針で決まるようです。

容易に想像できますが、進学率向上のためには受験に関係ないことを排除する授業をした方が有効でしょう。

わたし自身は、もの作りを中心に話す機会が多いのですが、産業革命ぐらいからの歴史の話になってしまう。
いわば雑談に近いのだけど、面白がるためには歴史とか物語を楽しめるだけの「教養」が必要になるのでしょう。
教養とは、教科・学科を横断しているものであるはずで、例えば歴史がない教科・学科はあり得ない。

そうなると、歴史特に18世紀以後の歴史は現代の社会や技術・生活に直結していることばかりだから、理解という観点では歴史から入った方がなぜ今こうなっているのか?を理解しやすいはずだ。

今回の、東京都と兵庫県の教育委員会の取り組みをいきなり否定するものではないが、教養科目を増やすというのには違和感を感じる。
教養は科目ではないだろう。各科目が社会や歴史との関係性をきちんと説明し、科目がどういう位置づけのものなのかを理解させることこそが教養の真髄ではないだろうか?

山形大学の化学の先生の apj さんはこんなコトを言っている。
「国語ができなければ低賃金労働者で終わるし、
英語ができなければイマドキのことだからうだつが上がらないだろうけど、
理科ができなきゃ死ぬこともあるよ。
だからちゃんと勉強しましょう」
よく「微分積分なんて生活に関係ない」という言い方をしますが、ものを投げる、風呂を沸かす、自動車を運転するといったことに直接出てきます。
とりあえず覚えていなくても支障はないかもしれないが、関係ないことではない。

なんである科目や教科について「関係ない」という言葉が出てくるのか?
これこそが「(庶民の)教養の劣化」の現れではないのか?と思うようになってきた。

社会人講師なので教材(プリント)を作ることがありますが、自分で作る教材と教科書を比べると、教科書のものすごさに改めて驚きます。
歴史を1年間35回の授業で終わらせてしまったりする。こんな教科書を自分で書いたら、全何巻もの百科事典のような教材になってしまうでしょう。
それだけ磨き上げられているのです。

これは、言葉を変えると学校の教科ではムダを排除した、ある程度専門に特化した知識を教えるもの。となっているから出来ることなのでしょう。
では専門的ではない、幅広い教科以外の知識は誰が教えることになっていたのか?これは親や地域社会がやることになっていたのでしょう。

ところが最近では「学校でしつけを教えてくれ」という時代です。
これは、学校以外の社会が教育する力が劣化していると言って良いでしょう。しかし、これは現実だから現実自体は認めましょう。

一方で、学校の方では「受験に無駄な事をしない」とか「とにかく在学中にトラブルは回避したい」とかが先行するケースがあって、例えば授業風景の写真・ビデオの撮影を一律に禁止にしているところが多いです。必要なときには特に許可を取る、ですね。

一見、プライバシー保護のように見えますが、その学年の生徒の実績を次の学年に説明する資料が作れない。
もちろん新入生の勧誘資料も出来ない。研究発表会にも写真・映像は出せない。
いくら何でもこれはダメだろう、という話が現場で出ています。

こんな事になるのは、学校の中で縦割りが進みすぎたからでしょう。
そして縦割りが進むから「教養の科目を新たに作る」となってくる。
教養の時間を増やすのは賛成ですが、科目を作れば効果が上がるという性質のものではないでしょう。
学校教育の中から教養が抜けてしまったことの、免罪符として教養科目を作るようなことではないのか?と思ってしまいます。

8月 20, 2006 at 09:45 午前 教育問題各種 | | コメント (7) | トラックバック (0)