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2006.06.27

鉄鋼業界再編ニュース

日経新聞と毎日新聞が社説で鉄鋼業界再編を取り上げています。
微妙に二社の社説のトーンが違います。

日経新聞社説 「グローバル再編の号砲鳴った鉄鋼産業
  • 中国などの新興市場の成長で、もはや成熟産業ではなくなった。
  • 鉄鋼業界はカルテル体質が目立ったが、市場が成長性を回復するとともに、(今後は)競争は激化する。
  • 買収に次ぐ買収でのし上がる新興勢力は成長分野では珍しくない。
  • M&Aの奔流にのみ込まれる時代が素材産業にも到来した。
  • もう1つの教訓は産業ナショナリズムの限界だ。
  • グローバル再編の幕が開けた鉄鋼産業。
  • その中で生き残り、成長するには技術力だけでなく、ときに大胆な買収を仕掛けたり、独自の世界戦略を描いたりする経営力が不可欠。
毎日新聞社説 「鉄鋼巨大買収 対岸の火事ではすまない

  • 買収の成功は、日本の鉄鋼メーカーにとっても対岸の火事と、傍観してはいられないことを示している。
  • 日本のメーカーが持つ高い技術力は、海外のメーカーにとっても魅力だからだ。
  • 鉄鋼原料の鉄鉱石や原料炭は供給の寡占化が進んでいる。
  • 鉄鋼メーカーは、原料供給と自動車という巨大企業の間にはさまれ、価格交渉などで十分に力を発揮できない。
  • 交渉力を高めるためにも再編が必要となっている。
  • 素材開発から製品の製造まで一貫した生産の仕組みを日本企業が主導できる体制は今後も維持すべきだろう。
  • 鉄鋼以外でも産業のグローバルな競争が進もうとしている。それに備え、競争政策のあり方も再検討が必要だ。
わたしには、日経新聞社説は情勢分析の結果、巨大再編は驚くことではなく経営戦略にM&Aも視野に入れるのは当然、と比較的に肯定的というか促進的に感じます。
毎日新聞社説は、危険であるといった防御的なトーンに感じます。

日経新聞社説は鉄鋼産業を巨大素材産業の一つであるとして、他の業界でも同じ事を考慮するべきとしているのに対して、毎日新聞社説では鉄鋼業界の特徴について説明していて、ちょっと範囲が狭いです。
さらに、ちょっと気になるのは毎日新聞社説では
インド出身のミタル会長がインドネシアで電炉事業を起こしてから30年で世界一になった。
買収してきた企業は、リストラの結果、収益力は改善された。
しかし、棒鋼など低価格の汎用品が主体で、自動車や家電製品向けの薄板など高級鋼材分野は弱い。
そこで、欧州の自動車メーカーなどに鋼材を供給しているアルセロールの敵対的買収に踏み切った。
との記述で、これは事実上日本の鉄鋼業の高炉メーカと電炉メーカの立場と対立関係をそのまま反映している記事だと感じます。

一言でいえば「高炉メーカは一流で、電炉メーカは二流」であって、「棒鋼など低価格」というところに現れています。

これは、事実ではありますがリサイクルという観点からは鉄鉱石から高炉で鉄を作るよりも電炉による再生の方が圧倒的にエネルギー効率がよいのは当然で、将来的には確実に有利になると思われます。
つまり「高炉メーカは高級」という考え方自体に転換を求められているのが現在であって、鉄鉱石とコークス用の石炭産出国の圧力は将来は減ると考える方が合理的でしょう。

やはりここでも毎日新聞社説のベースになっている考え方は古いというか後ろ向きの面があると指摘せざるを得ないでしょう。

6月 27, 2006 at 11:22 午前 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.06.26

エレベータ死亡事故・その13

朝日新聞より「体育館の工事 豊田市がシンドラー社に中止申し入れ
豊田市は26日、シンドラー社が工場で始めているエレベーターの製造を7月31日まで中止するよう同社に申し入れた。
豊田市総合体育館のエレベーターは、指名競争入札で同社が落札した。
市は市民の不安を考慮し、製造を中止させた上で同社製エレベーターの安全性を確認したいとしている。

ただ、短期間での安全性の確認は難しく、市はこの間に同社に契約の辞退や解除を申し入れる方針だ。
しかし一方的に解除できる条項が契約になく、同社が辞退するかどうかは不透明だ。市は7月までに、同社に損害賠償をして別の会社に変えるか、安全面などの条件を付けた上で同社に設置させるか判断したいとしている。
これ、大問題でしょう。
入札で決めたものが信用できませんというのでは、入札制度がそのものが信用できないということでないですか。

単純に価格競争をするのであれば、競争する各社の製品の品質が同じである、ということが前提条件になるか、行政側が品質をチェックし保証する技術力があるか、どちらかしかないでしょう。
行政が品質を技術的にチェックする能力は無いのですから、仮に「安かろう悪かろう」であっても、悪いかどうかが判断できない、ということです。

入札では「1円入札」といったこともあって「どうよ?」なのですが、どうするでしょうかね?

損害賠償金を支払って契約を解除するにはその必要性をどうやって主張するのだ?「短期間じゃできない」のなら長期間掛けて検討したらどうなのよ。
死亡事故になった港区では住宅管理を行っている公社を解体しちゃうらしいし、実は責任の多くは入札制度にあるのではないか?

6月 26, 2006 at 03:25 午後 もの作り, 事故と社会 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.06.25

六ヶ所村で何が起きた?

読売新聞より「再処理工場で溶液分析作業の男性、体内被ばくか
日本原燃は24日、最終試運転(アクティブ試験)を行っている使用済み核燃料の再処理工場(青森県六ヶ所村)で、男性作業員(19)が放射性物質を吸い込み、体内被ばくした可能性があると発表した。

同工場での体内被ばく事故は2人目。

外出のため、放射性物質が付いていないかどうかを調べたところ、両手袋と靴からごく微量の放射性物質が検出された。全身を調べたところ、鼻孔内でごく微量の放射性物質が確認された。
一体何が起きたのだろうか?
そもそもどういう作業をしていたのか?については、朝日新聞に「使用済み核燃料再処理工場で体内被曝の恐れ 六ケ所村」に出ています。
作業員はこの日午前中から、放射線管理区域内にある試料を分析する建物で、使用済み核燃料を切断して溶かした溶液を焼き付けた小皿を、測定装置で計測していた。
朝日新聞の記事通りの作業であったとすると、粉末とか液体といったものを扱っていたのではないのでしょう。それがなぜまるで粉末を扱っていたかのように、手袋・靴さらに鼻孔?
どうすればこんなことが起きるのだろうか?
被爆したことよりも、この作業で想定していないヘンなことが起きたのではないでしょうか?

再処理工場での作業はタテマエとしては限定された作業員が行うから「訓練を受けた専門家が扱う」という前提で計画されたのだろうと思う。これは別に再処理工場だけの問題ではなくて、一般の工場などでも同じ事だ。
割と有名な例では工場内の掲示を各国語にしたら効果があった、というのがあります。こんなのも以前は「人の方が慣れるのが職域の文化だ」という考え方もあって対策としては遅れていたのですが、どうも「工場内だから専門家」的な考え方では無理な時代になってきているのではないか?

今回の事例は、この19歳の作業員にどういう教育をして、実際にはどんな行動をしたのかを克明に調べるべきだと思う。もちろん、問題のある行動だったという調査結果が出るとは思うが、それを「不注意でした」とか「個人の責任です」などという話に矮小化してはいけない。必要なのは「何でそんなことになるのか」であり「間違ってもそんなことを起こすことが出来ない」とするのにはどうすれば良いかの?が対策になるのだ。

6月 25, 2006 at 10:03 午前 もの作り | | コメント (1) | トラックバック (0)