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2006.06.24

明石歩道橋事故・不起訴を維持する

NHKニュースより「地検 歩道橋事故で異例の説明
平成13年に11人が死亡、およそ250人がけがをしたこの事故で、神戸地検は業務上過失致死傷の疑いで書類送検された明石警察署の当時の署長と副署長について、平成14年に「事故は予測できなかった」として不起訴にしました。

これに対して、遺族の申し立てを受けた検察審査会が2度にわたって起訴するべきだと議決し、検察庁が再捜査を続けてきましたが、来月に時効を控えてこれまでとほぼ同じ理由で3度目の不起訴にしました。

そして、23日夜、遺族を検察庁に招いて理由を伝えましたが、遺族がこれに納得せず、午前1時近くまで6時間近くにわたって異例の説明が続きました。
なんで6時間も説明するという無様なことをするのか?と思うし、そもそも検察は起訴しても犯罪事実がないのであれば裁判所が決めるというのが近代国家の常識だろう。
それを地検がなぜ泥をかぶってまで不起訴にしたいのか?について、落合洋司弁護士が「当時の署長ら3度目の不起訴 明石の花火大会歩道橋事」で見解を述べています。
証拠関係に接してういないので、安易には論じられませんが、刑事・民事の裁判所と、検察審査会が、いずれも、過失を認定したり、その疑いを指摘しているにもかかわらず、神戸地検が頑固に不起訴処分に固執している、という構図は明らかです。

本当に、神戸地検だけが正しくて、他は皆が皆、間違っているのかと、疑問に思うな、というほうが無理でしょう。

民主的基盤を持たない検察庁が、独善的に動き、当初描いたストーリーに固執して、結局、大きく間違ってしまっている、という危険性を強く感じます。
何気ない書き方ですが「検察庁が」というところがポイントなのでしょう。
判決についての批判も良くありますが、裁判官は「独立して判決する」となっていて判決つまり本業である法的判断については組織に縛られないことが決まっています。
弁護士は弁護士事務所の経営形態からして個人が中心でさらには、活動についても責任も含めて個人です。

これが検察になると「警察一体」なんて言葉あるとおりで、組織体で動くのですね。
もちろん指揮命令系統があります。

だから、落合弁護士は地検の対応を「検察庁が間違っている」と見ているわけです。

それにしても「世間から見て無様と思われても、不起訴を維持する」というなりふり構わぬ行動は検察の信頼を低める方向にしか行かないと思うのですが、こういうのを「その場しのぎ・後送り」と言うのですよね。それじゃダメだろう。

6月 24, 2006 at 08:23 午前 事件と裁判 | | コメント (5) | トラックバック (1)

2006.06.23

カーボン一脚

Up_2 本日のお買い物。
「今ごろ一脚をわざわざ紹介するか」とか言われそうですが、これはスリックのカーボンポッド 381 PRO軽いんです。

390グラム

今日はビッグサイトで開催された設計製造ソリューション展の最終日でした。
それでビデオを持って行ったのですが、以前からビデオ用に一脚が欲しいなと思っていたので買ってから行きました。
390グラムというのはちょっと他に例のない軽さで、特に重いとは言えない普通のビデオカメラを付けて一杯に伸ばして(1630ミリ)もカメラの方が重い感じになります。
剛性はかなりすごいもので、軽さを利用してカメラを上に持ち上げてしまっても撓るような感じはありません。
縮長が530ミリぐらいなのでカバンの中には入りません、ここが残念です。

6月 23, 2006 at 09:35 午後 新商品やお買い物 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006.06.22

日米牛肉交渉

日経新聞社説より「米国産牛肉、不信の構図から脱却を
どんなに改善策をとったとしても、不注意、過失で条件違反が起きることもありうるだろう。
米政府も違反皆無の保証はしていない。
むしろ輸入再開後は違反が見つかれば輸入の全面停止でなく、違反業者だけの制裁を求めている。
違反発生時のルール明確化は望ましいかもしれないが、一概にルール化もできまい。
認証制度などリスク管理のシステム全体にかかわるようなら、日本政府は果断に輸入を停止し、米側に協議を申し入れ改善策を迫るべきである。大事なのは国民の食の安全を守るという視点である。

米国産牛肉の輸入はともすれば政治問題化しやすい。
食の安全を科学的に評価する食品安全員委は、政治に惑わされずに日米政府のリスク管理が適正なのかを常に監視し、不備の指摘を怠ってはならない。
この社説はかなり冷静で中立的意見であると言えるでしょう。
社説の前提は「リスク管理が明快である」あるいは「アメリカはリスクやその根拠を把握している」なのだろうと思うのです。

「BSEはちょっとでも禁止」と声高に主張しても、完璧というのはコスト面で不可能のでしょうから、どうしてもリスクという確率の問題に転化します。
国産牛肉にもBSEリスクを低く見る(安全だと思う)のは、全頭検査しているからですが、もし全頭検査ではなく抜き取り検査であればどうか?というと、今度は生育歴追跡は出来るわけです。これは、ICタグまで動員して一頭ずつ記録を取っているからです。

これらが総合して「リスクは低く管理されている」と皆理解しているのでしょう。
問題は「管理されていることが分かる」であるのは当然でしょう。そういう意味では全頭検査をしても、特定危険部位を検査しているわけで、本当に食べるところに危険がないのか?なんて議論になったら、議論のための議論になってしまうでしょう。

さらに「妥当なリスクとは?」という社会保険的な考え方も「リスク」「確率」といった言葉の中には含まれていますが、これを「妥当なコストで」枠をはめるのは仕方ないでしょう。

アメリカは「日本の全頭検査は科学的に意味がない」とか言っていますが、どうもこの「科学的」というのは「リスク」の部分らしいのです。つまり統計的に意味がない。ということらしい。
それを説明しているのが、中西準子先生の「環境リスク学―不安の海の羅針盤」日本評論社刊 です。
詳しいことは本を読んでいただくとして、早い話が「元になる、BSEの発生率のデータがないと議論できない」なのです。BSEというか人がBSEに最初に感染したと言われるイギリスではBSE発生率を捕捉していて、その数字を使ってリスクとコストを計算できているのだそうです。
それから見ると全頭検査はいささかコストの掛けすぎかな?といった常識的な判断になるようです。

ところがアメリカはどうもこの基礎データを公表していない。
政治的な思惑が大きいのでしょうが、以後が将棋倒しになってしまって「抜き取り検査の制度の妥当性も分からない」なんてことになっているようです。
結局のところ、これは昔の自動車生産で「不良が出来ても、検査で不合格にした方が有利」として品質低下になってしまったビッグ3がやっていたことと同じでしょう。
認証制度などリスク管理のシステム全体にかかわるようなら、日本政府は果断に輸入を停止し、米側に協議を申し入れ改善策を迫るべきである。
これは牛肉輸入問題でず~とやっていたことそのもので「リスク管理システムには疑問アリ」なままです。
だからこそ、アメリカは検査態勢そのものについて日本の要求を呑まざるを得なかった。
アメリカの現場としてはものすごいコストアップなのだろうけど「その方がまだマシだ」という政治的な判断があったということでしょう。
見かけよりもずっと問題は大きいですよ。

6月 22, 2006 at 08:10 午前 医療・生命・衛生 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2006.06.21

市議会議員の政治活動が名誉棄損

Matimulog さんの記事「市会議員のWeb名誉毀損
東京地判平成18年6月7日
市議会議員が市議会一般質問の内容及びこれに基づく議員の見解を広報し及びウェブサイトに掲載した記事につき、
原告らの社会的評価を低下させるものと認定し、
記事の大部分について真実性・相当性の抗弁が成立しないほか、
市議会議員であることによる免責も認められないとして、
名誉毀損の成立を認めた事例
市議会議員が政治活動として見解を発表したことが名誉棄損に当たる、という判決だというので驚いたのですが子細に読んでみると「名誉棄損裁判としてはこういう判決になるだろうね」とは思う事例です。

Matimulog さんのご紹介の通り、問題の記事である「町作り通信47号」を読んでみました。
事業に携わっていない役員の給与、香典や結婚祝金、今映、画と関係のない借金の利息が経費として計上されていました。
企業会計は適正であっても、市は「折り梅」の製作補助を行ったので、それらの経費を認めることに反論しました。

判決文(PDF)より引用)
といった記載があります。
ごく普通に考えても「どういう根拠で断言出来るのか?」と感じる内容ですが、判決文によると「これらのうち、事業に携わっていない役員の給与が計上されていたことが真実でないことについては、すでに被告自身が認めるところである」となっていて、調査不足あるいは思い込みで発表した。とされています。

つまり「名誉棄損に当たるかも知れない事実はあった」です。こんな事で、名誉棄損に当たるとの判決に至るわけですが、Matimulog さんは結論として
実体的な評価としては色々とあるだろうが、被告議員が疑惑を抱いて公の席で糺すに至ったこと、そしてそれが結果的に誤りであったことなど、一連の経緯を明らかにしてこそ、豊明市の執行部に対する政治的評価も、被告議員自身に対する政治的評価も可能になるのである。
被害者に対しては、例えば謝罪と事実誤認を認める広告と、弁護士費用の賠償で調整することで足りるとすべきではないかと思う。
とされています。
私も同感。
確かにインターネットは個人に大きな発表の場を与えたので、昔は単なる悪口とされていたことが社会的・経済的な損失を生み出すようになったとは言えますが、今回の裁判に至る経過について被告の議員の経過報告では
  1. 平成16年3月8日に友人から突然、「折り梅の質問に対し、映画会社が訴訟を起こす動きがある」と知らせを受けました。
  2. 驚いたわたしは、原作者なら事情を知っているだろうとすぐに電話し、ことの次第をひととおり説明しましたが、原作者に「自分は当事者じゃないから言われても困る。相手先から何か言ってくるから、待っているように」いわれました。
  3. 3月12日に知らない弁護士から「山盛議員の問題提起に対する説明」、公認会計士から「折り梅 損益計算書についての質問に対する報告書」が郵送されてきました。
  4. 3月20日に、以前知らせをくれた友人から、「あるボランティアの方が、山盛さんが回答を送らないことに憤慨していらっしゃるよ」と知らせが入りました。
  5. 翌々日、その弁護士からFAXが送られてきて、(中略)名誉が回復されない限り訴訟での解決も念頭においている。7日以内に回答を求める云々~。と綴られていました。
とあれよあれよという間に事は進んでしまったようです。
インターネット上の名誉棄損事件では、交渉もなく訴訟に至るという例を多く見るようになった気がしてなりません。
どうも全体として、「何かもっとやりようあるでしょう」という印象が強くします。

6月 21, 2006 at 09:45 午前 事件と裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.20

続(一年ぶりの)地域FM放送から考える

「地域FM放送から考える」を書いたのは見事に一年前のことでした。
話の中心はFMサルースという横浜市青葉区の地域FM放送局で朝一番の番組をやっている、シンディー鈴木さんに注目という内容だったのですが、実のことをいえば記事を書いた頃からラジオのある部屋で仕事をしないようになったために肝心のラジオを聞かなくなって閉まった。(^^ゞ
今日、久しぶりに聞いたら「ブログ始めました」ということなので、さっそく「シンディ鈴木ブログ」を見に行って、コメントしちゃいました。

なにしろ地元の駅ですから時間を図って行けば、サテライトスタジオの窓越しに挨拶できるのです。
ところが、なにしろ放送時間が午前7時から9時だから、通勤客は通り過ぎてしまうのですね。
シンディ鈴木さんはメールを入れておくと「行ってらっしゃい」とラジオを通して言う方なんですよね。
もっと駅前なのだから、言い切れないほどの挨拶があっても良いと思うのだけど、実際は通勤者は通り過ぎてしまう。
そこで、わたしは手を振って挨拶して行ったりするので、顔なじみになってしまいました。

そんないきさつがあって、ブログにコメントしたわけですが、いや~さっそくお返事が戻ってきました。
なかなか、放送というところでも注目される強いキャラクターを感じます。 注目していきますよ~。

6月 20, 2006 at 07:08 午後 ネットワーク一般論 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.19

東京タワーの行方

朝日新聞に昨日(6月18日)こんな記事が出ました「東京タワー、借金100億円のカタ 元社長が事業に失敗
東京タワーが100億円分の借金の担保に取られていることがわかった。
東京タワーを経営する日本電波塔の社長だった前田福三郎氏(64)がゴルフ場開発に失敗。
日本電波塔が債務の肩代わりを迫られ、タワーと敷地を担保に銀行から借金したのだ。
損失は120億円を超える。
2011年度に新東京タワーが完成すれば、現タワーの収入は激減しかねず、首都のシンボルは、バブルのツケと未来の存在意義に頭を悩ませている。
この記事では、この社長を追放して保証債務は返済したから、実は借金があって大変。という記事だと思ってました。そうしたら今日(6月19日)になってこんな記事が出た。

東京タワーを集団提訴、預託金の返還求め
「東京タワーディベロップメント」という会社が開発したゴルフ場の会員31人が、東京タワーを経営する日本電波塔を相手に約3億円の預託金返還を求める訴訟を起こしていることがわかった。
原告らは「ゴルフ場会社と日本電波塔は一体だった」と主張している。
これに対し、日本電波塔は「ゴルフ場会社は別個独立の法人だ」と争う姿勢だ。
あらららら、ですがこのゴルフ場の経緯は
  • 日本電波塔の3代目社長だった福三郎氏らは
  • 88年、千葉県君津市にゴルフ場を建設するために「東京タワーディベロップメント」を設立。
  • 91年以降は、日本電波塔の債務保証で借金を重ね、
  • 95年にゴルフ場をオープンさせた。
なのですから典型的なバブル事業とその崩壊であるわけです。
預託金の変換を東京タワーに求めるというのはちょっと無理ではないか?とは思いますがねぇ。 しかも、2011年に新東京タワーが出来たら現東京タワーをどうするのか?という、会社存続どころかモノそのもの行方が問題というのですから、この裁判は建国・被告双方にとって厳しい展開ですね。

6月 19, 2006 at 10:54 午前 事件と裁判 | | コメント (5) | トラックバック (1)

宮崎シーガイアの記事

宮崎日日新聞の県内特集に「プライド シーガイアの現在」という記事があったので読んでみました。
破たんしたシーガイアを2001年6月にRHJインターナショナル(RHJ、米国、旧リップルウッド)が買収し、今月で5年が経過する。
節目を迎えたフェニックスリゾート社の取り組み、方向性などを報告する。

【1】サンホテル 独自性目指し“復活”
【2】トップの姿勢 スピードと現場重視
【3】社内改革 数字への意識高まる
【4】波及効果 本県観光の情報発信
【5】県民向けプログラム 余暇満喫へ充実図る
【6】新入社員 会社再生のシンボル
【7】丸山社長に聞く 「飛躍に知恵を結集」

もう5年も経ったのかという印象が強いですが、そもそも「再建策」の実際がどうだったのかロクロク覚えていません。
現在、シーガイアを所有するRHJは、ゴルフ場を除く施設をスターウッド社(米国)、ゴルフ場をトゥルーン社(同)に運営を委託。
ホテルはスターウッド社がもつ「ウエスティン」「フォーポイント」などのブランドのうちシェラトンが冠となった。

このためホテルオーシャン45、サンホテルフェニックスとも、世界トップレベルのサービスを提供する「シェラトンスタンダード」を求められた。
接遇をはじめベッドの規格、館内装飾までマニュアルに沿って実践。
利用者が世界中どこのシェラトンに宿泊しても、同質のサービスを受けられるようにするためだ。

ただ、これはホテルの独自性を奪う結果にもつながる。
案内板一つにしても効果的に配置できず、シーガイア全体のパンフレット設置もできなかった。
差別化の必要性とコスト抑制の狙いが一致し、今年3月末、同ホテルに関しスターウッドとの契約を打ち切った。
「あらま?!」といったところです。 ホテル・ゴルフ場など複合リゾート施設で「切り売り」されて、ホテルがシェラトンになったのは覚えていました。
それを外したんですね。

親分がRHJ(旧リップルウッド・ジャパン)で、ホテルをスターウッドに任せた。スターウッドはシェラトンとしてホテルを運営した。ということなのでしょう。
そこでシェラトンブランドを外すつまりスターウッドとの契約を打ち切った、のでRJHはゴルフ場の運営をしているトゥルーンがホテルの運営にも関わる。ということになりました。それで、こんな発表があったわけです。
4年ぶりに「サンホテルフェニックス」が“復活”した今年4月1日、フェニックスリゾートの丸山康幸社長は、大勢の来賓を前に「フレンドリー、カジュアル、ウオームの3つのキーワードの下、より親しまれるホテルにする」と宣言。
宮崎市塩路のシェラトン・フェニックス・ゴルフリゾートは、この日をもって高級リゾートホテルから親しみがあるホテルに生まれ変わり、独自性を発揮し始めている。
要するに、新体制での衣替えところですが、もちろんオーナーであるRHJの判断があったわけだし、これまでの数年間の「債権」の実際がどのようなものであったから衣替えに至ったのか?が最大の興味です。
RHJインターナショナル(RHJ、旧リップルウッド)から派遣されているフ社の奥村友紀子最高財務責任者(CFO)は「(グレニー氏には)経営の観点から、やり残したことがあった。
運営会社が考えるいいホテルと、利用者が求めるいいホテルとは必ずしも一致しない」と、毎年22億―35億円の純損失を計上した財務上の視点を指摘する。
後任は「経営のプロ」で人選が進んだ。
会社再建のスピードに変化をもたらす責任者として「GE(ゼネラル・エレクトリック)など民間に加え長野県の部長職という経歴があり、行政にも明るい丸山氏に白羽の矢が立った」
丸山社長は昨年2月の就任後、時間をかけて現場を回り積極的にスタッフと意見交換した。
こういう経緯があって、「サンホテルフェニックス」になったわけです。 宮崎シーガイア、フェニックリゾートといえば巨大総合リゾートだとだけ承知していましたが、こんなことになっていたようです。
フェニックスリゾート社は赤字が膨らんだ三セク時代の1996年4月を最後に、新入社員採用を中止。正社員は95年の3458人をピークに現在は800人ほどに減り、ここ数年は契約社員やアルバイトらを含め、総枠1300人前後で対応してきた。
正社員が3458人とはすごい。これでは身動きが取れないでしょう。今でも1300人というのは大変なモノで、これを一つの事業体として経営すること自体がかなり大変。

ずいぶんと色々あったのですねぇ。全部は紹介できませんが、なかなか面白い記事です。お勧めしますよ。

6月 19, 2006 at 08:47 午前 経済・経営 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.06.18

エレベータ死亡事故・その12

朝日新聞より「シ社エレベーター停止、4人閉じこめられる 横浜地下鉄
7日午後7時10分ごろ、横浜市西区南幸1丁目の横浜市営地下鉄横浜駅の地下2階改札階で、シンドラー社製のエレベーターが約30センチ上昇したところで突然停止し、大人と幼児ら4人が閉じこめられた。
乗客からインターホン通報を受けて駆けつけた駅職員と他機の点検中だったシンドラー社社員が扉を開け、約3分後に助け出した。乗客にけがはなかった。
最初は「3分後に駅員が救出した」という報道だったので「イヤに速いね」と驚いたのですが、社員がタマタマいたわけですね。
わたしは「正常に止まるのは事故ではない」としてますから、これも事故じゃないと思いますが、原因には問題ありではないか?と思うのです。

産経新聞より「シンドラー製エレベーター、また閉じ込め 市営地下鉄横浜駅
レベーターは油圧式で、同社の点検の結果、油の流量をチェックするセンサーが誤作動したことが分かり、センサーを交換し運転を再開した。
油圧式で流量調整でセンサーがあるのは当然であるが、それで閉じ込められてしまうのというのはヘンではないか?と思う。
通常は油圧式エレベータではカゴを油圧で持ち上げているはずだから、油圧が抜ければ一番下(構造によっては一番上)まで動くはずだ。
ホースが切れたとかでない限り、油圧は一気には失われないので自由落下でもその速度はゆっくりしている。
つまり閉じ込めになるという選択ばかりではないようにも思う。
ところが、今回は記事によれば、センサーの異常で停止閉じ込めだそうで、ちょっと制御の頭が悪すぎないか?

どうもシステム全体に危険なほど冗長度が低い物を、メンテナンスで動かしている。という感じがしてならない。

6月 18, 2006 at 06:35 午後 もの作り, 事故と社会 | | コメント (3) | トラックバック (0)

エレベータ死亡事故・その11

読売新聞より「エレベーター事故、ブレーキ異常と断定…警視庁
警視庁捜査1課は、事故機が急上昇して高校2年の男子生徒(16)を挟んだ原因について、ブレーキに異常が生じ、つるべ式のおもりの力を制御できなかったためと断定した。
おもりの重さだけで、事故機が引き上げられる力を測定したところ、男子生徒が事故時に受けた圧力と、ほぼ一致したことを確認。
同課は、事故当時、モーターが作動した可能性はないと判断した。
ブレーキが摩耗していて効きが悪かった。という報告は出ていますから予想通りではありますが、もう一面で疑問が出来ます。
  • エレベータが停止するときには巻き上げモータは停止する(当然ですが)
  • ブレーキは電磁式だから、ブレーキが掛かっているときには通電しない(停電してもブレーキが利くためには必須)
  • 事故は、ブレーキの効きが悪く止めることが出来なかった。
要するに
「安全装置がない」

ということになってしまうのだが?
そんな設計がありうるものなのか?

停電などで電気が無い場合にもエレベーターは通常通りの運行が出来なくてはいけない、とは誰も考えないだろう。
それでも停電した場合には止まった位置から全く動かすことが出来ず、中の人は電気が車で閉じ込められます。ではこれも許されることではない。
非常時には電力が無くても人力など出て安全適切に動かすことが出来て当然だ。となりますが・・・・・。

実際には空荷のカゴが急上昇して最上部に激突してワイヤーが滑車から外れたとか、レールからカゴが外れて傾いていると伝えられています。
つまり「人力では制御不可能であった」のです。
電気はメインの電源を切ってあったので、ちょうど停電状態であったのです。

これで分かることは、電気的に適切な制御があった上で、停電などでも人力での操作を含めて適切で制御可能であること、を要求されているわけですがこれが両方ともダメだった。ということになりますね。
少なくもと「ブレーキが壊れたら暴走します」が理由を問わずに許されるとは思えない。

明らかにするべきは、どういう設計であったのか?でありましょう。

6月 18, 2006 at 09:03 午前 もの作り, 事故と社会 | | コメント (2) | トラックバック (0)

エレベータ死亡事故・その10

毎日新聞より「エレベーター事故:事故機の保守会社員、ずさんな点検証言
事故機の保守点検を請け負っていた「エス・イー・シーエレベーター」の技術系社員が毎日新聞の取材に応じ、「メーカーからの製品情報がほとんどなく、部品の調整が怖くてできない」と証言した。
業界の情報の閉鎖性と保守点検業務の危うさが浮かび上がった。

事故機の保守点検は当初、製造元のシンドラーエレベータ(江東区)が行っていたが、その後競争入札になり、
05年度は「日本電力サービス」(多摩市)、
06年度はエス社になった。

エス社は今年4月から事故発生の6月3日までに4回の点検をしていたが、ブレーキの不具合を感じながら補修は一度もしていなかったことが明らかになっている。
その間もトラブルは何回か起きていた。

保守点検が不十分な理由についてこの社員は、
シンドラー社製の情報がほとんどないことを挙げた。
「メーカーは自社系列でない会社に設計図や点検マニュアルを渡さない。
大手メーカー系列から中途入社した社員が製品の知識を伝授しているが、
大手以外のOBはほとんどいない」という。

エス社は06年度の保守点検を約115万円(前年度比43万円減)で落札した。
シンドラー社が随意契約で請け負っていた03年度に比べると3年間で4分の1の価格になった。

安値受注について社員は「メンテナンスに限界がある。5年、10年と継続受注してはじめて部品代もねん出できる。入札で1年ごとに業者が代わるのでは部品交換もままならない」と訴える。
部品交換が出来ないのでは何を点検しているのか分からない、というか意味がない。
わたしは、「シンドラーエレベータ・自治体困惑と言うが」
値段だけを見れば悪くても安いものを買わざる得ない、内容はさっぱり判らない。
一体どうやって入札を成立させるのでしょうか?基本的に入札制度自体が無理に近いんじゃないでしょうかねぇ?
と書きましたが、今回の事件では現実のものになったと思います。

どういう入札で公社がメンテナンス会社を決定したのか分かりませんが、メンテナンス業務の価格は幾つかの要素によって決まるでしょう。
  • 規模 多数のメンテナンス業務を引き受ければ量産効果がある
  • 部品の価格 メーカー系と非メーカー系では部品の価格は違うはずだ。
  • 技術情報の質 メーカ系の情報レベルは当然高い
入札を実施した公社がここらを総合的に判断すれば「この価格でこのサービスが実現できるとは思えない」といった判断は出来るはずです。
しかし公社がこういう判断をすることなく、公社が入札のために作った条件を満足するという前提だとして価格だけで判断したというのなら、実際の作業で条件通りにしているのかをチェックする必要が出てきてしまう。

ところが実態は技術情報をメンテナンス会社は出さない(だから引き継ぎがない)のだから公社がチェックしていないのは明らかで、要するにやりっぱなしだった。
入札制度の実態が技術的とか質的な内容については無視して安ければよいという姿勢で一貫していた(だから3年間で1/4に出来た)
一言でいえば「安かろう(当初の1/4にした)悪かろう」の犠牲者が亡くなった高校生だと言えますね。

6月 18, 2006 at 08:26 午前 もの作り, 事故と社会 | | コメント (0) | トラックバック (0)