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2006.03.11

Winny作者も情報流出対策は問題と言う

弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」さんの記事「[P2P]ウィニー開発者:「流出は想定外で残念」講演会で主張」経由、毎日新聞より「ウィニー開発者:「流出は想定外で残念」講演会で主張
保釈中の金子被告は、「技術的検証のため作ったウィニーと(情報)漏えいは本質的には無関係。
ウィニーを入れさえしなければ防げると考えると対策を誤る」と強調。
本質的な対策として、内部情報を家に持ち帰らない
▽持ち帰ったデータを保存したパソコンを家族らと共有しない
▽ウィニーがよく分からない人は使わない--
などを挙げた。
作者本人もこう言っているし、全く同感です。
もっとも、
相次ぐウイルス感染による情報流出について、「予想外で残念。ウィニーは技術の高い人を利用者として想定していた」
これは楽観的に過ぎるだろう。人間というのは出来ること必ずやるわけで、予防という観点からの企画も大事な問題だ。

3月 11, 2006 at 11:47 午後 セキュリティと法学 | | コメント (3) | トラックバック (3)

Winny 各中央省庁の対応

読売新聞より「私物パソコン使用禁止…各省庁、情報流出対策急ぐ
ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を介した情報流出が相次いでいる事態に対し、外務、総務両省などが職員による私物パソコンの業務使用を原則禁止する措置を打ち出すなど、政府は再発防止策の強化を急いでいる。
記事から整理すると
外務省 個人が所有する私物パソコンの庁内や在外公館での
    業務使用の原則禁止

総務省 プライバシーに触れるなど
    「秘密文書に相当する機密性を要する情報」は、
    私物パソコンでの処理を禁止。
    これ以外の情報でも公表しないものは
    「流出する可能性があることを前提に、
    (使用)許可の可否を判断する」と明記

経産省 自宅などで作業するために省内から持ち出すことを
    禁止する情報の範囲を、機密性が高い情報だけでなく、
    「公開を前提としない一般情報」にまで拡大

内閣府 近く重要情報の外部持ち出しを厳禁とする管理基準を策定

警察庁 全国の都道府県警察本部に対し、公用だけではなく、
    自宅で使う私物パソコンについても、
    Winnyの有無を点検するよう指示
となりますが、内閣府が一覧を発表するべきでしょう。
偽札問題が重罪とされるのは通貨の信用を無くすことを問題にしているからで、偽札で稼いだ利得が不当だといったことよりも重大だとされているからです。
PCを使うことが必須である現在、お役所の仕事が信用できないというのは大事件で、Winny を入れるなんてのは通貨偽装行使なみに処罰して良いくらいです。
なんか、秘密の紙を一枚持ち出したのよりも軽く考えているのかな?
防衛庁は私物PCを無くすために7万台のPCを購入することになりました。
先に挙げた愛媛県警のように誓約書を書かせるなどといったトンチンカン(トンデモだ)な対応をするお役所もあることを考えれば、この程度でも仕方ないというべきでしょうがなんというかお役所という組織が先を読む力がないことの証明なのかもしれません。

3月 11, 2006 at 10:13 午前 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (2)

愛媛県警事件・対策でない対策

産経新聞より「「ウィニー使いません」 愛媛県警、全職員に誓約書
愛媛県警警部(42)の私用のパソコンから捜査資料がインターネットに流出した問題で、県警は10日、全職員約2700人にウィニーなどのファイル交換ソフトを使わないなどとする誓約書を書かせると発表した。
この対応は

絶対に間違っている!

セキュリティは精神主義でなんとかなるのものではない。
こんなのは「誓約書を出して、ウィニーをインストールしなけば、後は何も考えないでよい」と誘導するに決まっている。

実際に過去の流出事件で、親のPCに息子が Winny をインスートルしたから流出になったという実例がある。
こんな問題を「誓約書でどうやって排除できるのか?」
この種の、目的であるセキュリティを精神主義に置き換えた大間違え事件に、太平洋戦争の開戦時の駐ワシントン日本大使館の外交暗号がアメリカに破られていた、という事件で報告されている。
この事件は、その後のアメリカは日本の開戦を知っていた=陰謀説に繋がる大問題となっている。

当時、日本の外務省は「アメリカに暗号を破られている可能性がある」と暗号電報でワシントン大使館に通知した。暗号を解読しているアメリカ側は「もはやこれまで」と覚悟したが、その後も暗号はなんら対処することなく使われた。
実際にワシントン大使館がやった「暗号破り対策」は取扱注意の赤札を暗号機に貼っただけ

今回の愛媛県警の誓約書と何が違うのか?
もっと言えば、こんなバカな発想しか出来ない県警上層部が今回の事態を生み出したと、セキュリティ専門家は一致して評価するだろう。
この決定をした人物は5月に白浜に来い!!
いわば、手錠を掛けて、そばに鍵を置いて「鍵を使ってはいけない」と誓約書を書かせるようなものだぞ。
誓約書を書かせても手錠を鍵で開けるヤツは開けるし、開けないヤツは開けない。手錠を掛けなくても大丈夫。
何を考えるとこんな事が出来るんだ?せめて専門家に相談してから発表したらどうなんだ?

3月 11, 2006 at 09:53 午前 セキュリティと法学 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.03.10

折り紙・Origami

IT Pro より「ベールを脱いだMSの「Origamiプロジェクト」、Tablet PCの新たな展開目指す
2006年3月2日からティザー広告で関心を集めていた「Origamiプロジェクト」の内容が明らかになった。
同プロジェクトのサイトによると、米マイクロソフト、米インテル、韓国サムスンの3社が、ドイツで開催中のCeBITの会場で発表した「Ultra Mobile PC(UMPC)」である。
わたしが最初に「Origami」を知ったのは engadget japanese の記事でした。
ティザー広告の紹介記事マイクロソフトが漏らした情報紹介記事などです。

この結果として分かったことは、タブレットPCと同様にキーボード無しの Windows Xp で大きさが20センチ×15センチだそうです。仕様的に900グラム以下だそうで、結構重いですね。
マイクロソフトがハードウェア発売か、ということで X-BOX の次の製品か?という記事もありましたがタブレットPCと同様で、複数のメーカからハードウェアが発売されそうです。

わたしはNECの「ピュア・タブレットPC」を持っているのですが、確かに携帯用の機器にキーボードが不要というシーンはあってピュアタブレットは便利ですが、コンパクトにしたことよる制約もあり(これはノートPCでも同じ)もっと問題は、Windows Xp が要求するハードウェアを動かすための電力が大きすぎるから電池寿命が問題になる、さらにはHDD利用などで立ち上がりにかなり遅い、といった携帯することに反する性質があります。

わたしは最近、HPのPDA IPAQ ht2190 を買いました。
OSが POCKET PC 5.0 ですから、 Windows Xp によく似ていて、携帯してちょっとインターネットを見る、メールを受信するぐらいであれば、大変に気楽に使えます。

UMPC がPDAとどこが違うのか?となると大変に微妙でしょう。
タブレットPCの10インチ級の液晶画面は「ほれほれ」といって2~3人を相手に見せるといった用途は十分に実用になりますが、UMPC で一人に手渡すといった形でしょうからPDAとそれほど変わりは無いですね。
じゃあ、PDAでは出来ないような業務たとえばHP作成ソフトを使うなんてことを、こんな小さな画面でやる理由は無いですねぇ。

そんなわけで、これに500ドル(日本仕様だと10万円でしょうか?)を払う値打ちがあるとはちょっと思えないです。
むしろ、もっとバランスの良いタブレットPCの方が可能性があるんではないかなぁ?
スラッシュドットでも否定的見解の方が多いですし、日本ではあまり期待度が高くないようです。


【参考・色々な記事】
+D PCUPdate 「ベールを脱いだ“Origami”、MicrosoftとIntelがOrigamiことUMPCを披露
IT pro Windows クライアント 「ベールを脱いだMSの「Origamiプロジェクト」、Tablet PCの新たな展開目指す
IT media News 「OrigamiはやはりUltra-Mobile PCだった
Broad Band Watch 「【CeBIT 2006】Microsoft、超小型PCプラットフォーム「Origami Project」発表
INTERNET Watch 「Intelの「UMPC」はMicrosoftの「Origami Project」!?
PC watch 「Microsoft、超小型PC“Origami”プロジェクト公開
CNET Japan 「やはり「Origami」はUltra-Mobile PCだった--マイクロソフト、全容をついに公開

3月 10, 2006 at 05:39 午後 新商品やお買い物 | | コメント (5) | トラックバック (1)

Winny 問題あれこれ

神奈川新聞より「ウィニーで個人情報流出/アルプス技研
技術者派遣のアルプス技研(相模原市)は九日、元社員の私物パソコンから、同社社員の個人情報や取引先情報が流出したと発表した。

この社員は二〇〇二年八月に同社を退職。在職中に業務で必要なデータを私物パソコンに保存して利用し、退職後もデータを削除せずにいたため、ウイルスに感染してデータが流出したとみられるという。
3年半も経ってから流出事件が解明されたというのは、この会社はよく調査したというべきでしょう。
これほどやっかいな問題ということを考えている人はほとんど居ないではないだろうか?

問題になっている Winny はファイル交換ソフトで、作者が著作権法違反幇助で裁判中です。


朝日新聞より「「逮捕されなければ対処できた」 公判でウィニー開発者
ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者で、著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪に問われている元東大大学院助手のプログラマー、金子勇被告(35)の第20回公判が9日、京都地裁(氷室真裁判長)であった。弁護側の被告人質問で金子被告は、全国でウイルスに感染したウィニーを介して情報流出が相次いでいる問題について「私が逮捕されていなければ対処ができ、初めから問題は起きなかった」と述べた。

金子被告は「問題を防ぐように改良することは比較的容易にできるし、積極的に対処したいが、改良を問題視されて、罪に問われた。今改良すれば、また幇助に問われることになる」と述べた。
この点について、実際にこの公判を傍聴した弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」さんで落合弁護士が意見を述べています。
昨日のエントリーで言及した警察庁長官の言動を見ても、ウイニーの技術そのものや開発行為自体を違法視していることが明らかですから、確かに、改良したくても怖くて手は加えられないでしょうね。「保釈中の再犯」などということになったら大変です。 改良などの開発を今後はしない、という誓約書をとった人や組織が、責任を持って自ら改良するのが筋でしょう。
この「技術開発を問題にしている」のが著作権違反幇助で刑事事件という珍しい裁判で当初からネットワークで盛り上がった点です。
ソフトウェアの開発が問題なら、マイクロソフトは大犯罪者といった議論ですね。

しかし、社会的な事件がここまで大きなことになると、開発の意図などは別にしても社会的に無視できない損失が起きたというべきで、法的に正しい判断かは分かりませんが使用が社会的に制約されている他の技術と同等に扱うべき事かと思います。

技術の歴史の上では、銃器や薬品の扱いなどは生産や配付自体が免許制度などで制約されていますから、ソフトウェアについても開発・研究と配付の間にハードルを設けるといったことは考慮するべき時代なのかもしれません。
わたしが始めて参加した1999年のコンピュータ犯罪に関する白浜シンポジウムで「従業員の監視のめたにインストールを推奨するソフトウェア」としてFBI関係者が推奨していたのは、ネットワーク上のクライアントの動作をすっかりコピーしてしまうスパイウェアでした。
こういうソフトウェア技術の必要性自体はありますから、今後も開発されるでしょう。

つまりは Winny による情報流出は Winny だからの問題ではなく、通称「キンタマウイルス」と呼ばれるものが Winny 利用者のPCに感染し Winny で中身が公開されてしまうところに問題があるのです。 スパイし放送(公開)するウイルス、という極めてやっかいな性質のものです。

以上の説明でお察しの方は多い思いますが別に Winny だけがこんな機能を持つわけではない、と思われていましたがどうも出てきたようです。

IT + Plus より「「ウィニー」無しでも情報暴露、新型ウイルス登場
2月下旬に発見された新型ウイルス「山田オルタナティブ」がネット利用者の間で話題になっている。
同ウイルスに感染すると、パソコン

内部に保存した情報すべてがインターネット上に流出する

おそれがある。
ウイルス対策のトレンドマイクロによると「3月8日まで同ウイルスに感染したとの報告はない」が、今後も被害ゼロで済む可能性は低い。
2ちゃんねるの解説よるに、このウイルスはエロ画像などに付いてくるのだそうで、蔓延の危険性は Winny よりも桁外れに多いと考えるべきでしょう。
こうなると対症療法的な対策では無理だと言うべきで、流出してはまずい情報の仕事・名簿の扱いなどのPCとインターネットで情報を取るあるいは見るPCを分けるのが良いかもしれません。
また情報は流出するものとして、流出後に読めないように暗号化して保存する、といったことがアンチウイルスソフトの導入が義務同然になっているのと同列で考えるべきなのでしょう。
やれやれ、大変な時代になってきました。

3月 10, 2006 at 05:36 午後 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.03.08

イラク戦争の真のコスト

今日買ってきた「週刊ダイヤモンド」に面白い記事が出ていました。
日ごろ買っていないのでこんな記事が出ているとは知らなかった。

「イラク戦争にかかった真のコスト」スティグリッツ教授著というもので、元のテキストはコレです。

言うまでもなくタイトル通りでイラク戦争のコストを分析しているのですが、ちょっとすごすぎます。
現在のイラク戦争の少し前に、ブッシュ政権のエコノミスト、ラリー・リンゼイ氏がこの戦争のコストは1000億ドルから2000億ドルになると述べたとき、他の高官たちはすぐさま反論した。たとえば、行政管理予算局長のミッチ・ダニエルズ氏は、600億ドルですむと主張した。今ではリンゼイ氏の数字でさえ、はなはだしく過小な試算に見える。

私は予算研究の専門家であるハーバード大学のリンダ・ビルムズ氏と協力してこの問題を調べてみた。
この戦争に反対しているわれわれでさえ、出てきた結果に仰天した。
控えめな試算で1兆ドルを若干下回る額、穏当な試算では2兆ドルという数字が出たのである。

われわれの分析は、議会予算局が発表している5000億ドル(それでも政府が当初主張していた額の10倍である)を出発点にしている。予算局の試算値がこれほど低いのは、発表されている数字には政府にかかる財政コストでさえ、すべては盛り込まれていないからだ。しかも財政コストは経済全体にかかるコストの一部にすぎないのである。

たとえば、ブッシュ政権はあらゆる手段を使って、重傷を負って帰還した兵士の膨大な数を隠そうとしてきた。その数はこれまでのところ1万6000人で、うち約20%が脳や頭に深刻な損傷を受けている。だから、5000億ドルという議会予算局の試算が、政府がこの先何年も負担せねばならない終身障害給付や医療給付のコストを無視しているのは驚くには当たらないわけだ。

もちろん、負傷や死亡のコストを主として負担するのは兵士とその家族である。だが、軍が支払う障害手当は逸失所得より著しく低い。
同様に、死亡した兵士への補償金もわずかに50万ドルで、統計的生命価値とも呼ばれる死亡の経済的コストの標準的な試算値(610万ドル~650万ドル)より遙かに低いのだ。
日本は太平洋戦争ですべての国富を失ったと言われます。戦争はそれほどコストが掛かるものですが、イラク戦争のアメリカのコストがこれほどとは、大事件というべきでしょう。
日米間の経済格差が1/2.5ぐらだとして日本経済では100兆円に極めて近い規模です。これはいかにアメリカでも負担できるものではないでしょう。負担できそうもないからブッシュ政権は隠しているということかもしれませんが、もうすでに隠すのには大きすぎるというべきでしょう。

3月 8, 2006 at 10:13 午後 海外の政治・軍事 | | コメント (0) | トラックバック (0)

岡山県警事件・担当者が内規違反では

元検弁護士のつぶやきさんの記事「あきれた話」経由、毎日新聞より「岡山県警情報流出:巡査長はセキュリティー担当者
巡査長が署内でパソコンの情報管理などを担当するセキュリティー指導員だったことが8日、分かった。
県警監察課は、巡査長がファイル交換ソフト「ウィニー」の情報流出の危険性を熟知しながら、通達に違反して再三使用していたことを重視、巡査長から連日、事情聴取をしている。

県警では昨年6月以降、再三にわたりファイル交換ソフトのインストールや使用を禁ずる通達を出し、巡査長も一時使用をやめていたが、今年1月から再開していた。この結果、2月末ごろ、暴露ウイルスに感染し、犯罪被害者の実名や国会議員の後援会名簿など大量の捜査資料がネット上に流出した。
これでは確信犯とでも言うのかね?
危険を知っていたわけでしょう。そして一時的には止めたのに再開した。
まるで薬物問題のようじゃないですか。

少なくもと、警察勤務はもちろん機密情報を扱うような分野ではお断りという人ですね。
それが見抜けない岡山県警の責任は大きいですよ。やっちゃってから取り締まったってダメなんだから、損害の回復は出来ないのだから、ネットワーク管理者の自覚としては「やったらネット界では死ぬな」とやってますよ。
現代社会でネット上の死は社会的な死であるし、それは肉体の死となんら変わらないでしょう。 県警は分かっているのかね?

3月 8, 2006 at 06:49 午後 セキュリティと法学 | | コメント (3) | トラックバック (1)

愛媛県警事件・管理していなかった

毎日新聞より「愛媛県警情報流出:パソコンにウイルス対策ソフトなし
県警は捜査資料を取り扱うパソコンがウイルスに無防備だったことを深刻に受け止め、職員の使うすべてのパソコンについて緊急点検を始めた。

県警は職員に対し、公用にパソコンを使う場合、ウイルス対策ソフトを自己負担で購入、インストールしたうえで、「(頻繁に)最新版に更新するように」という指示をしていた。ソフトの種類や更新の頻度などは事実上、職員任せだった。
愛媛県警の亊案は「捜査資料流出・愛媛事件、詳細」に書いたように、2年ぐらい前に県警が管理する以前に私物として利用し、その後は公用には使っていなかったPCから流出したとされています。

しかしですよ「ウイルス対策ソフトを自己負担で購入」ってその程度のPCを登録して公用に使用するというのでは「管理していません。勝手にやって」ということではないですか。

こうなると、県警はPCを使う資格がないとしか言いようがないでしょう。
パソコン通信の管理者ですらスタッフのためにアンチウイルソフトを供給するぐらいのことはやっていましたよ。
どこをどうやれば「自己負担で購入」なんて危ないことが出来るのでしょうか?それではそれぞれの借り上げPCの中身を調べるなんてしていませんね。ひどすぎる。

3月 8, 2006 at 05:24 午後 セキュリティと法学 | | コメント (3) | トラックバック (1)

個人情報保護法・週刊ダイヤモンドはお勧め

ただいま発売中の「週刊ダイヤモンド」は特集記事が「大混乱・間違いだらけの・個人情報保護」です(^^ゞ


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過剰反応を呼ぶ曖昧と思い込み
個人情報保護法の構造問題

世間に溢れる過剰反応の背景には、個人情報保護法そのものが抱える大問題と、個人情報への大きな誤解がある。保護法対応のの実務にも精通する鈴木正朝・新潟大学教授に解説してもらおう。









雑誌の記事としては極めて良いと言えるでしょう。
鈴木さんの切れ気味の問題解説もなかなか良いです。
この本は多少関係のある方は手元に置くべきですよ。

ところで、問題はこの本じゃ間に合わないほどなんですね。まして、個人情報漏洩罪を付け加えるとか言っているのは、混乱を増すだけになると思います(記事中にも同じ考え方で記事があります)
わたしはここまで混乱する法律は、内容や役目のいかんに関わらず利益よりも損失が大きいのではないかと思うので、廃止や停止も含めて再検討するべきだと思っています。

3月 8, 2006 at 02:32 午後 個人情報保護法 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.03.07

捜査資料流出・愛媛事件、詳細

読売新聞より「愛媛県警も捜査資料などがウィニーで流出
県警によると、流出したのは、2004年2月以前に作成された文書ファイル。県警の書式に沿って作成され、県警内部でしか知り得ない情報もある。複数の警察署管内で発生した捜査1課が担当する殺人事件などの文書が含まれ、被害者名などが記載されているという。

県警は、文書の内容から業務で使わなくなった捜査1課員の私物パソコンに、消去されずに残っていた文書が、ウイルスに感染して流出したとみて調べている。

県警は2004年3月、パソコンに関する管理制度を設け、業務に使う私物パソコンは登録制にし、ウィニーなどのソフトのインストールと庁舎外への持ち出しを禁止した。今回流出したデータは、管理制度のない当時のものだった。
以前、流出事件で息子とPCを共用していたら、息子が親の知らない内に Winny をインストールしたのか原因で流出した。という事件がありました。
さらには秋葉原で買った中古HDDの中から個人情報が出てきた事件もありました。

PCの管理のやっかいなとこの一つが、廃棄や使用停止したPCの管理です。
ここまで来ると、個人が自由にPCを使うということと、個人情報などを含めた秘密情報を業務で扱う(仕事に使うことですね)を分けないといけないかもしれませんね。
「業務上PC使用免許証」とか(^^ゞ

3月 7, 2006 at 12:13 午後 セキュリティと法学 | | コメント (2) | トラックバック (0)

京都大学・持続可能な社会を全学規模研究

京都新聞より「持続可能な社会構築や環境技術開発へ・京大、全学組織を4月に設立
京都大は6日、持続可能な社会の構築やアジアの発展に向けた環境技術の開発を進める全学組織「京都サスティナビリティ・イニシアティブ(KSI)」を4月に設立すると発表した。

東京大を中心に設立される「サスティナビリティ学連携研究機構(IR3S、機構長・小宮山宏東京大総長)」に参加し、「ポスト京都議定書」を展望する国際討論など、地球環境問題解決に向けた取り組みを展開する。

KSIには、地球環境学堂、経済研究所、防災研究所、人文科学研究所、エネルギー理工学研究所など、分野を超えて京大の研究科・研究所が参加する。企画運営担当者には佐和隆光・経済研究所長(4月から特任教授)が就任する。
はぁ・・・・・・・・。

いや、個人的には大変に興味のある分野で、今ごろになって研究機関を作ります、とか言われると猛然と反発したいのでありますが。
なんか「分野を研究する」というのは根本的に間違っているように思う。

人類社会が持続可能かどうかについて最初に疑問符を突きつけたのは「成長の限界」(1972年日本でも刊行)であるが、その直後に研究が不十分であるとの指摘があった。
特に食料供給についてカロリーで計算したのだが、食習慣は容易に変わるものではないので、例えば牛(ヒンズー教徒は食べることが出来ない)と豚(イスラム教徒は食べることが出来ない)を区別して考えないといけない、といった指摘であった。
もちろん「環境のために、経済を犠牲にする」なんてのは無理そのもので、極論を言えば「人類社会が持続しさえすれば何でも良い」という結果は支持されないだろう。

極めて幅広い研究こそが必要なのであって、それが全学組織で出来るというのならそれも良いだろうが、出来るのだろうかねぇ?それにそれこそ持続的な研究が必須で5年計画とか言っているがそれじゃダメだろう。

3月 7, 2006 at 10:09 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

捜査資料流出・こんどは愛媛県警?

毎日新聞より「捜査資料:愛媛県警もネット上に流出か
愛媛県警の捜査資料がインターネット上に流出している疑いが出てきた。同県警も情報を把握しており、調査を始めた。

捜査資料を巡っては、岡山県警でウイルスに感染した捜査員のパソコンから約1500人分の個人情報を含む大量の資料がファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」のネットワークに流出したことが明らかになったばかりだ。
本当なのでしょうか?
連日、警察から捜査資料が流出しているというのは、シャレになりません。
社会の安定になによりも必要なのは信頼であって、警察の捜査資料の管理や銀行の口座管理といったものは、一番信頼を要求されるものですから、これは大きな問題ですよ。

3月 7, 2006 at 09:44 午前 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

姉歯物件・強度不足ではありませんでした

朝日新聞より「新宿の姉歯物件、強度不足が一転「安全」 新構造計算で
姉歯秀次元建築士の偽装により耐震強度が足りないとされた東京都新宿区のマンションが、新しい構造計算法である「限界耐力計算」で計算し直したところ、今度は一転して「安全」とされたことがわかった。
やっぱりね~ですね。
大学で力学を勉強して「設計には強度計算は必要なのだ」と思い込んでいたら実務では「経験値で十分」ということを知らされて「そうだったの」と思うのは、どうも機械技術者のほとんど経験しているらしい。

本当には強度計算が必要なのは、余裕を持たせることが出来ない飛行機の設計などが代表です。
もう一つは、経験値で判断すると間違える場合というのがあって、例えば同じようなモノを何倍(何十倍)にも大きくしたりすると、強度不足なったりします。

建築物で言えば、二階建ての建物のセンスで高層ビルを設計しちゃダメよ、というほどのことでしょう。
これらの場合に強度計算は重要な要素になりますが、計算したからといって計算式通りに壊れるとは言い難いです。
計算式はモノが壊れる時のすべての状態を示すわけでないので、計算式通りに壊れるほど厳密に計算し設計するのは、飛行機・潜水艦・宇宙船といったような究極の設計をする場合に問題になります。

こんな事情だから「計算式を変えたら、結果が違う」ことは大ありで、それなら経験則で十分だろう、となります。

こんなことになって、関係者は次のような発言をしています。
新しい計算法で計算し直し、基準を満たす強度が出ることは他でも起こり得る。ある自治体の担当者は「同じ建物なのに計算法で結果が大きく違えば、収拾がつかなくなるのではないか」と口にする。

国交省は「計算結果が大きく食い違う場合こそ、安全性を判断するためには専門家の助言が必要になるだろう。ただ、元の強度が著しく低い場合は別の計算法で数値が上がったとしても、安全だと判断されるとは限らないのではないか」としている。
いや、だからさ「1を切ったからダメ」とか言い切ることに問題があったということでしょう。

「元の強度が著しく低い場合は別の計算法で数値が上がったとしても、安全だと判断されるとは限らない」

国交省の担当者はナニを言いたいのだろうか?当然「正当と認められる、各種計算法でも安全とは言えない」というのが「強度が著しく低い場合」というのではないか?
それとも計算法によって結果がバラつくのが困るから、どれか一つでも引っかかったらそれが絶対だ、と言いたいのかね?
どうも後者のような気がするが、ヘンな話だな。

3月 7, 2006 at 09:35 午前 もの作り | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.03.06

高校生に志を持てというのは難しい

産経新聞社説より「高校生の意識 「志」持つことを忘れるな
財団法人「日本青少年研究所」が日本、米国、中国、韓国の高校生を対象に行った「友人関係と生活意識」の比較調査の結果、

どういうタイプの生徒になりたいかという問いには、
米国や中国は八割、七割が「勉強がよくできる生徒」を第一に挙げたのに対して、
日本はわずか四割に過ぎず、最も多かったのは「クラスのみんなに好かれる生徒」という項目だった。
「失敗を恐れず、未知なものに挑戦する生徒」や「リーダーシップの強い生徒」という項目も四カ国中最低で、覇気に乏しく、ひ弱な高校生像が浮き彫りになった。
キャリアー教育の社会人講師として実際に高校生に接していると、自己主張が全く無いと言っても過言ではないのが現状です。

この問題を高校生にハッパ掛ければ良いのか?というとどうも現場の感覚としては違うのではないか?なんか手段はあるのではないか?と思うのですが、社説はこんなことを言っています。
川の流れるように、ただ流れ流されて日を送るだけでは、人として生きる喜びが生まれるだろうか。
磨かなければどんな美玉も輝かない。大志とは言わぬ。世のため人のために役に立つ人間になりたい-そういう“小志”くらいは抱きたい。
そのために、力の限り努力するのが若者という時間の人生における仕事ではないのか。

日本人は元来そういう国柄を持っていたはずだ。価値観多様化の時代ならばなおさら、若者が身を削る思いで努力することの大切さを社会全体がもう一度思い返し、再び時代のうねりとして呼び起こそうではないか。
社説の言い分はもっともだし、こういう言い方をせざるを得ないのかな?とも思うが、この呼びかけで「じゃあなんとかしよう」と変わるものなのか?この程度の言い方で指摘できることで今の高校生が出来ているのか?と考えるとちょっとあり得ないでしょう。

こんなことになった理由を社説は
戦後の物の見方・考え方の一つとして、個性の尊重やら価値観の多様化やらが力を振るった。自己責任の下では何をしても自由という考え方だ。
こうした考えを無批判に推し進めていけば、そこそこの人生が送れれば別に勉強に打ち込む必要などない、と易(やす)きに就き、目の前のことにしか関心を抱かぬ若者が出てきても不思議ではない。
そうした意識が多数を占めることに、生命力を衰微させる国の行く末を見て取る向きも少なくあるまい。
こんなことを指摘しても対策が出せるものでは無いでしょう。

現場の経験で「これは困った」ということがありました。社会人講師であるから「先生と呼ばないで欲しい」と学校にお願いしているのですが、その後に「(社会人講師のことを)街の中に居る普通のオジサンとして・・・」というトークが続いていたのですが、よく考えると高校生が「街のオジサンと話す機会は普通は無い」という現実があります。

交番は空で警察官は居ない、駅は自動券売機で駅員は居ない、コンビニではマニュアル応答・・・・・、ごく普通に穏便な高校生生活をしていると、学校の先生と家族以外の大人と話す機会が無いと言えます。
だから「街の中の普通のオジサン」は彼らには話しをした経験が無いわけで、このトークでは無理だとなります。

学校教育・家庭教育・社会教育でそれぞれ役割分担がある言われますが、家庭と社会の急速な変化に比べて学校教育が追従できてないのでは?と思います。
もちろん、社会や家庭の変化を学校がすべて引き受けるべきだ、とは言えないでしょうが家庭や社会で無くなってしまった事柄を学校があるものとしていては、つじつまが合わなくなって当然でしょう。

実際に高校生と話してみると、世に言われるほど幼稚ではないです。
優秀な高校の生徒の判断力や企画力、表現力などは素晴らしい者がありますし、成績が中低位の高校の生徒でもよくよく話せば普通に興味のあることなどを持っています。
しかし天然自然に自分の興味などを示すことが出来ない高校生が多いというのはどういうことか?についてまだ良く分かりません。
とりあえず「高校生が(大人の見る)高校生を演じているのだろう」と思っています。やはり16歳とかになれば判断力やさまざまな感情があって当たり前で、当然一人ひとりで違っているということを考えると、もっと個々に掘り下げないとダメでしょう。

産経新聞の社説は上記のようなことをやった結果として出てくる問題でしょうが、世間一般はここまで知らない人が多いのではないでしょうか?
高校生にハッパを掛けるだけではダメですよ。

3月 6, 2006 at 08:57 午前 教育問題各種 | | コメント (6) | トラックバック (4)

捜査資料流出・借り上げPC全廃に

読売新聞より「捜査資料流出の岡山県警、私物パソコンを全廃へ
県警は、職員が公用に使うパソコンのうち「公用借り上げ」の私物パソコンを7月までに全廃することを決めた。

県の新年度予算案に新規購入を計上、順次公用パソコンを購入する。県警では、約2500台の公用パソコンのうち、「公用借り上げ」の私物パソコンが約200台を占めている。
2500台のうち2000台(80%)が借り上げとは何なの?
コメントで指摘されました。200台だから8%でしたm(_ _)m

これが実情なのかもしれないが、情報管理という点から根本的にまずいでしょう。
退職者とか仕事が変わるといった情報の環境が変化する場合にどうするのでしょう?
常識的には管理外になったつまりは流出した情報は沢山あるでしょうね。Winny でネット上に流出したから事件になっていますが、情報の管理という視点からはみると管理外のところに情報が蓄積されること自体がまずいワケで、80%のPCの管理に問題があるというのでは、長期的にも何か起きても不思議ではない。

PCの値段だけを見て借り上げという仕組みにしたのだろうと思いますが、情報管理のコスト総額という計算をするべきです。

なんか根本的にどうするのかを考えた方が良いですよ。

【追記】
Winnny で流出するためには、Winny をインストールして、運用して、さらにウイルスに感染する。といった段階が必要で私物のPCだから流出したということではありません。しかし実際に流出すると大騒動になります。
情報には大きさとか重さがほとんど無いので、小さな穴から大量の情報が流出することなります。
その意味では、借り上げPCがあるということ自体がリスクですね。しかし多くの会社でも同じ事になっているわけです。

3月 6, 2006 at 08:12 午前 セキュリティと法学 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006.03.05

個人情報保護法・違反ではないがルール違反?

産経新聞より「横浜検察審査協会副会長 名簿を無断提供
横浜検察審査会の審査員経験者でつくる任意団体「横浜検察審査協会」の副会長(75)が、会員約二百人の住所、氏名をまとめた名簿が掲載された冊子を、会員に無断で法律系出版社(東京)に提供していたことが四日、分かった。副会長は「善意のつもりで安易に個人情報を提供してしまった」と話している。
う~ん新聞に出るニュースなんでしょうかね?
確かに、マナーという点では「勝手にヘンなことするな」ですが、出版社は
出版社はその後、冊子に掲載された会員らに「検察審査会経験者からみるわかりやすい刑事裁判とは」と題したアンケートを郵送した。
裁判員制度の導入を控えた企画で、四月発行の季刊誌に掲載される予定だった。
という方向に動いたわけで、個人情報保護法違反でもないしねぇ、結局は名簿の再利用についてなんかルールが欲しいってことでしょうか?
副会長氏の「善意で」というのももっともだと思うしさ、どうしたものでしょうかねぇ?

3月 5, 2006 at 03:39 午後 個人情報保護法 | | コメント (2) | トラックバック (0)

裁判員制度・文化の変革が必要?

「裁判員制度・自白を考える」は裁判員には自白調書といった専門的な内容を素人の裁判員に説明するのが困難だ、ということも含んだ話題です。

法曹三者(検察・弁護・裁判所)は裁判員に分かりやすく事件を説明する必要があるから言葉遣いを変えようとして現在、作業しているそうですが、わたしの考えでは、それ以上に日本において専門家だから無条件で信用する、といった文化的な側面を問題にしないわけにはいかないなと考えています。

裁判所というか法曹三者の間では判断が出来ない専門的な事柄の判断は鑑定人が判断しています。
これは考えようよってはけっこう大変なことで、証拠の一部とは言え議論のあることを一人の鑑定人が決めてしまう、という側面もあると思うのです。

では専門家が決めることの何が問題があるのか?ですが、実業というか技術の世界では「○○に関する専門家です」「お願いします」で中身を説明することなく、結果がよければOKというのが普通でしょう。
これが裁判となった場合にどうなのか?と考えてみると検察・弁護・裁判所も法曹の専門家であるわけですから、鑑定人も専門家であるとすると、4者の専門家が了解すればよい、つまり「説明することなく」進行するわけです。

このようなところに、裁判員という素人が加わるのです。裁判員に「専門家の判断ですから」というだけで裁判員が納得するものでしょうか?
裁判員が納得しない場合に鑑定人などの専門分野の説明を延々とやったら時間ばっかり掛かってまとまらないでしょう。
最悪の場合は鑑定の内容が分からないから証拠採用しない、ということになりかねない。
これは言わば「専門家同士の説明では、信用して進める」という日本の(主に商業的な)文化の性質ですから、素人にも分かるように丁寧なプレゼンテーションを鑑定人に課するといったことでもやらない限り自然になんとかなるものではないでしょう。

こうなると裁判員制度は日本の文化が変化しないとうまくいかないのかしれませんが、文化の問題ですから日本的な察するといったところからアメリカ流のプレゼンテーションや細かい説明といったものに重点を移さないといけないのかもしれません。

3月 5, 2006 at 01:59 午後 裁判員裁判 | | コメント (0) | トラックバック (0)

裁判員制度・自白を考える

元検弁護士のつぶやきさんの記事「自白の重要性」は法律素人で、まして刑事捜査の実際なんて知らない者にはとても感心させられる内容です。
日本の刑事裁判においては、自白がとても重要です。
それは、単に犯人性の確認(被疑者が本当に真犯人か)だけではなく、犯人に何罪が成立するのかという問題においても重要なのです。
内心の事情というのは、外形的な行動からある程度推認することは可能ですが、外形的行動からは分からない場合もかなりあります。
典型的な場合としては、深夜、路上を歩いている女性を犯人が無言で殴りつけたところで別の通行人に捕まったという事案を考えてみますと(被害者は怪我をしていないとします)、犯人が強姦するつもりだったら強姦未遂、わいせつ行為をするつもりだったら強制わいせつ未遂、金を取るつもりだったら強盗未遂になります。
しかし、このいずれかは無言で殴りつけた段階で捕まってしまいますと、外形的な行為からは判別がつきません。
「金を出せ」とか「やらせろ」などという言葉が出ていて、それを被害者が聞いていれば、被害者の供述から犯人の内心を推認することはできますが、無言であるとそういうわけにはいきません。

そうすると被疑者を取り調べて、どういうつもりだったのかという自供を得なければ、何罪が成立するか決められないのです。

つまり刑法の規定の仕方というものも、取調べと自白の重要性に影響を与えるわけです。
このエントリーを引き取って、弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」さんが「[裁判制度]「自白の重要性」雑感」を書かれています。
全くその通りだと思います。ただ、私が危惧しているのは、そういった現状を、特に裁判員制度の下で維持できるか、ですね。

したがって、自白に依存した立証が多用される制度(正に「自白の重要性」が語られる、我が国の現行刑事司法です)においては、自白の任意性(証拠能力)、信用性(証明力)の評価が極めて重要にならざるを得ず、そういった評価を裁判員に強いるのは、極めて困難(ほとんど不可能)であるというのが、私の率直な意見です。

この問題は、自白に依存した立証を多用させる刑事実体法の内容によるところが大きく、本当に裁判員制度を実効性のあるものにしようとするのであれば、刑事実体法を大改革し、犯罪成立上、客観的な要素を中心に据えて、犯罪体系を構築する必要があるでしょう。その点を放置したまま、裁判員制度を導入しても、裁判官や検察官、弁護士(いずれも専門教育を受け職業として刑事裁判に携わっている)ですら認定に悩む自白の任意性、信用性を、裁判員に的確に判断しろ、というのが無理というものです(例外はあると思いますがごく一部でしょう)。

各地で、裁判員制度を想定した模擬裁判が行われているようですが、やればやるほど、こういった本質的な問題を解決しないまま制度だけを作ってしまった問題点が深刻化するだけではないかと思います。

今のままでは、裁判員制度のカタストロフィが、それほど遠くない将来に確実にやってくると言わざるを得ません。
いや~えらいことになっちゃったな~と思います。
わたしはお二人の見解の内では落合弁護士のお考えは想像していました。

自分が裁判員として判断するときに「自白調書を読みこなせるか」と考えてみると、とても無理だろうと思うのです。
外見的には自白調書は作文であり、事件の真相を現しているものか、検察官の作文なのか区別できるとは思えません。わたしは物証などに重点を置いて自白調書を無視するような判断をすることになるでしょう。
その結果は落合弁護士の指摘する「裁判員制度のカタストロフィ」といったことになるとは思っていませんでした。

自白調書以外の証拠が示されれば良いではないか、と思っていたのです。ところがモトケンさんの説明のように「事件の事実だけでは、犯人の犯意などは分からない」という指摘を聞いて「なるほどね」と思ったのです。

犯意によって刑罰が変わることには世間一般は慣れているでしょうから、自白調書を事実上不要とする刑事裁判という想定が無理だとなります。
そこに裁判員裁判を持ち込むと・・・・・・落合弁護士の指摘の通り「両立しないだろう!!」ですね。
どうなっていくのでしょうか?

3月 5, 2006 at 01:01 午後 裁判員裁判 | | コメント (2) | トラックバック (1)

教員の資質向上フォーラム at 横浜

神奈川新聞より「教員の資質向上を考える第1回フォーラム/横浜
教員の指導力が問われる中で、その資質向上を考える「第一回教員養成改革フォーラム」が四日、横浜市鶴見区の鶴見公会堂で開かれた。横浜国大が横浜市教育委員会などと本年度から共同開発している小学校教員養成プロジェクトをはじめ、県内の現状報告を踏まえ、教師教育の在り方について意見が交わされた。
たしかに先生の能力・資質の問題はあるとは思いますが、現場とか社会の問題の方が重大なのではないか?と思っているので、こういう教育の供給側が考えることがどうも上滑りなのではないか?と感じています。そこで主な参加メンバを見てみると。

横浜国大の主催で、県や横浜市、川崎市の教育委員会などが共催。教育関係者ら約二百人が参加した。

とのことです。教育委員会などにどれほど現場の情報が上がっているのか大いに疑問です。
横浜市と川崎市の教育委員会の参加ですから神奈川県全県からの参加ではないのですが、神奈川県に幾つの学校があるのか勘定してみました。
公立高校と私立中学高校の総数は254校のようです。

神奈川県には37の自治体がありそれぞれに教育委員会がありますから、2つの教育委員会ではいかにも少ないです。しかし、教育委員会はそれぞれの自治体の中だけで見ていますから町村の教育委員会は公立小中学校を担当しているのでしょう。
254校の公立高校と私立中学高校は神奈川県教育委員会の範疇になります。これではちょっと細かいところまでは情報は伝わらないでしょう。
そういう人たちが集まって「対策」を考えるというのはどうなんでしょうかねぇ?

やらないよりは良いのかもしれませんが「やったからOK」というのは現場的には大変に困ります。
文部科学省は「小・中・高校教育に関すること(進路指導・キャリア教育について ...」を発表しています。
キャリアー教育(職業や働くことについて教育)を高校生にするのは当然だと思いますが、中学生やまして小学生に実施するのは無理ではないか?と思うのです。

ところが文部科学省が発表すると、学校は授業を計画するのですが見せてもらうと「こんなことは出来るのですか?」となりますね。
なんか報道を見ると、屋上屋根を重ねるという言葉が出てきます。

3月 5, 2006 at 10:51 午前 教育問題各種 | | コメント (0) | トラックバック (0)