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2006.12.29

教育再生会議の迷走

毎日新聞より「教育再生会議:「ゆとり」見直し明記へ 来月の中間報告に
政府の教育再生会議は28日、東京都内で運営委員会を開き、来年1月の第1次中間報告に「ゆとり教育の見直し」を明記することを確認した。
大学の9月入学も、来年末の最終報告に向けた検討課題として明記する。
いずれも21日公表した素案では見送ったが、同会議に「具体的な目標と検討課題」の提示を求める安倍晋三首相の意向を受けて明確化した。

ゆとり教育の見直しは、学校教育の改革を協議する第1分科会が提唱。
運営委は「基礎学力向上のため、学習指導要領を改める象徴的な意味がある」(委員の1人)と明記を決めた。
文科省は来年度以降の指導要領の改訂に向けて作業を進めており、再生会議が授業時間や指導内容の充実を促す意味合いがある。

大学の9月入学も、安倍晋三首相が9月の自民党総裁選で提唱した。
自民党内に賛成意見があるほか、大学や大学院の国際競争を促す効果があると判断した。
ただ、いじめなど反社会的行為を繰り返す児童・生徒への「出席停止」措置は、再生会議でも賛否が分かれていることを踏まえ、見送る可能性がある。

運営委員会には下村博文官房副長官も出席。
下村氏は事務局の再生会議担当室に対し「メッセージ性が弱い」との意向を伝えており、踏み込んだ提言を求めたとみられる。
教育再生会議に対して、中央教育審議会(中教審)は猛烈に反発していて、実際問題としても教育再生会議は首相の諮問機関だろうから、首相の意向を受けて内容がコロコロ変わるのはよいとしても中央教育審議会が進めている現在の教育行政にたいして問題があるとする、意見を提出するのであれば個別の問題を置いておいて「大きな視点から見るとここが問題だ」といった提言が重要ではなかろうか。

ところが今回の対応は全く正反対で「ゆとり教育の見直しを明記」などというのだから、大きな視点どころか細かい点のあるかないか問題なっているのは明らかで、しかもこれを首相が指示したというのだから安倍首相自身が細かい点しか問題提起できない首相だという気が強くします。

社会は大きく変化していて、パッチを当てるような修正方法が限界にきている。という印象が強くします。
今必要なのは、本当に国家百年の計といったような大きなビジョンであると思うのですが、まがりなりにも小渕首相以来、小泉首相まではビジョンの提起があったものが、安倍首相の登場で一気に矮小化してしまったような印象があります。

とくに教育問題については、あまりにつぎはぎで全体としてどうなっているのかという説明ができない状態です。
明らかに「ゆとり教育を見直せば何とかなる」ではありません。
いな必要なのは、国家社会にとって適正な大学進学率は何パーセントなのか。といったところまで、さかのぼって再検討することでしょう。そういう本当に基礎になる部分を放置したまま進んできたのが現状の教育問題であると思っています。

12月 29, 2006 at 09:42 午前 教育問題各種 |

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コメント

>そういう本当基礎になる部分を放置したまま進んできたのが現状の教育問題であると思っています。

まさにそうでしょうね。
はっきり言えば、安倍内閣でそんな基礎の部分というか国家百年の計が立てられるとは思いませんので、「基礎の部分がどうあるべきかを検討するため」に必要なレール(組織なり会議なり)を引くところができれば上出来なのかと。


投稿: 北風 | 2006/12/30 20:45:16

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