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2006.12.04

住基ネット違憲判決について

大阪高等裁判所で住基ネットがプライバシー権の侵害だとする判決が出ましたが、これに対して二つの社説を紹介します。

読売新聞社説12月2日付 「危険性を過大視した高裁判決
住民基本台帳ネットワークの目的外利用など運用面の危険性を過大視してはいないか。

住基ネットへの接続でプライバシー権を侵害されたとして大阪府内5市の住民が個人情報の削除などを求めた訴訟で、大阪高裁は、個人情報保護対策に欠陥があるとして住民の離脱を認める判決を言い渡した。

全国の15地・高裁で同種訴訟が係争中だが、高裁判決は初めてだ。
これまで住基ネット離脱を認めたのは金沢地裁だけだった。他の10地裁判決は、その公益・有用性に理解を示している。
電子政府・電子自治体の構築が求められる中、この高裁判決には疑問が少なくない。

「個人情報が際限なく集積・結合されて利用されていく危険性が具体的に存在する」と、判決は述べた。
しかし、この一例だけをもって、住基ネットが危険だと言えるのか。

これは、住基ネットそのものの問題ではない。
情報管理のあり方が問われたに過ぎず、個人情報保護法の施行後には、こうした対応は考えにくい。

判決は、本人が情報の提供や利用の可否を決める「自己情報コントロール権」が侵害されたという。
しかし、これはまだ確立した法概念ではない。

住基ネットによる行政の効率化が進んでいる。
国の機関には、パスポートの発給申請など年間3000万件の情報が提供され、10月からは年金受給者の現況確認にも使われ始めた。
これで年間2600万件もの「現況届」は不要になる。個人離脱はコスト増を招く。
中日新聞社説12月4日付 「既成事実押し付けるな
政府は、プライバシー侵害の恐れが消えない住民基本台帳ネットワークを国民に押し付けるべきではない。
電子政府構想でバラ色の夢を振りまくのではなく、デメリットとも向き合うべきだ。

住基ネットに生年月日などの個人情報を入力された大阪府民が情報削除を求めた訴訟で、大阪高裁は「ネットはプライバシー権を保障した憲法一三条に反する」と判断した。

さらに、さまざまな個人データの入った複数のコンピューターをつなげば特定の人を丸裸にすることもでき、その情報を行政機関が本人の予期しない形で利用する恐れもある。
この点を大阪高裁が「自己情報コントロール権侵害」と認め、データマッチングの危険性に言及したのはシステムの本質をついている。

ただし、自己情報コントロール権は公権力に対する権利を中心に考えるべきであって、市民間で過度に重視すると「透明人間として暮らす権利」を認めることになりかねず、弊害も生じる。

いずれにしろ政府の説明に国民は納得していない。国税庁が一昨年始めた所得税の電子申告の利用率も著しく低い。これは電子政府なるものが、住民にとっては政府の宣伝とは逆にわずらわしく、不安を感じさせるものであることを示している。
この二つの社説の「勝負」ということだと、余波売り新聞の方がより踏み込んでいると思う。

中日新聞が指摘している
さまざまな個人データの入った複数のコンピューターをつなげば
という点について読売新聞は
住基ネットそのものの問題ではない。 情報管理のあり方が問われたに過ぎず、個人情報保護法の施行後には、こうした対応は考えにくい。
個人情報保護法の全面施行は民間部門が遅れていただけなんですが・・・・・。
ま、それは置いておいて確かに情報管理の問題であり住基ネット特有の問題ではない。
強いて言うのであれば、情報を高度に集積することによる問題発生のリスクにどう対処するかはありますね。

それよりも、プライバシー権の侵害というのが正面切って出てきたのに驚きました。
自己情報コントール権が住基ネットの4情報(氏名・住所・生年月日・性別)にまで及ぶものとは思えません。
4情報を全く出さないのでは社会的には存在しないわけで、そのような生活はあり得ないでしょう。

わたしは名前などは社会に公表するから意味があるもので、公表しないのなら名前の存在自体が不要であると考えます。匿名があるではないか、という指摘もあるとは思いますが匿名で情報を発信してもその行為自体が個人の存在を示していますから、匿名という名前を名乗っているわけで実名とハンドルとの違いぐらい意味しかないです。

結局は読売新聞が指摘するように運用の問題であって、住基ネットの原理・原則の問題を自己情報コントロール権で決定できるというのは間違えだと考えます。
しかしながら、住基ネットが運用レベルで有用なのか?となると大いに疑問です。
パスポートの発給申請など年間3000万件の情報が提供され・・・・
そんなに大量に利用されているとは思えないのですが・・・・。
ここらは正確な利用状況を政府は公表するべきでしょう。
アメリカでは社会保障番号でなんでもできるようになったために、身分を盗まれる事件の報告があります。
日本でも知らない間に戸籍を書き換えられている事件がありますが、何でもかんでも住基ネットの11桁の番号によるとすると、誤り訂正がどんどん大変になります。情報の手中はどこかでデメリットに転換するのは確実でそういうリスクも総合的に判断することが必要なのですが、利用状況の公表もないのでは「有効だ・危険だ」の論争が延々と続くことなります。
政府はさっさと住基ネットの利用状況を公表するべきです。

12月 4, 2006 at 07:52 午前 個人情報保護法 |

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受信: 2006/12/04 14:40:13

コメント

すみません。メールアドレスが出るようなので、先の書き込み削除をお願いします。
#以前、Niftyにおりました。shirouです。
#ごく最近拝見するようになりました。
この判決を下された裁判官が自殺されましたね。

投稿: shirou | 2006/12/04 10:25:05

コメントありがとうございます。

対処しました。

なんで自殺なんですかねぇ?

モトケンさん(元検事の弁護士さん)は
「裁判官の責任感として、どんな理由にしろ自殺は許されない局面であったと思います」
と書かれていて、わたしも同感です。

職責とか業界といったところから見ると、やはり問題だとなりますね。

判決とは関係ないとは思いますが、陰謀説も出始めたとのことです。

投稿: 酔うぞ | 2006/12/04 10:38:12

「名を聞くなら、まずそちらから名乗れ」
とか
「お前に名乗る名などない」
など(時代劇限定?)情報的な価値とは別に、精神的文化的側面でのプライバシー価値があるかもしれないとは思いました。

投稿: と | 2006/12/04 12:30:12

個人情報保護法の勉強をしたときに、精神的文化的側面でのプライバシー価値といったものの評価が正に文化的背景として、ヨーロッパとアメリカに大きく分かれていて、プライバシーに関する法律や規則もアメリカとヨーロッパではかなり違うとところから発していることを知りました。

日本ではこの二つの潮流をそのまま主張(?)することが多いようで、相容れないのですね。

アメリカのプライバシーの概念は「放っておかれる権利」から出発しているようで、基本が個人の主張です。

ヨーロッパ(OECD)はビジネスなど個人の情報などを取るところにルールを設けるという、社会的な立場から見ています。

こういう背景がありますから、けっこう難しいです。
プライバシー権を正面に出してくる判決が出るとは予想していませんでした。

投稿: 酔うぞ | 2006/12/04 18:22:09

 こんばんは。
 「住基ネットの4情報(氏名・住所・生年月日・性別)(中略)を全く出さないのでは社会的には存在しないわけで、そのような生活はあり得ないでしょう」とのことですが、ごくごく感覚的な話として、「自分が好ましいと思う組織や事態については4情報が知られても構わないが、好ましくない(ウザい)と思う組織や事態(消費者金融、電話勧誘、NHKの受信料徴収、自分に不利な取り扱いをされる可能性のある行政庁等)に対しては『透明』でいたい」という心情は、よく分かる気がします。
 要は、自分の都合に合わせて「使い分け」をしたい、すなわちアメリカ型の「放っておかれる権利」のことではないか?と思うのですが。

投稿: qur | 2006/12/05 0:31:15

はじめまして。
上でqurさんも書かれていますが、判決文の中でも、基本四情報は、秘匿性の高いものではないとしながらも、「人によってはある私的生活場面では秘密にしておきたいと思う(秘匿性の高い)事柄があり、そのような個人情報の取扱い方についての本人の自己決定を承認する社会的意識が形成されていると認めて差し支えないと思われる」とあり、四情報を公開されたくない例としてストーカー被害者や、性同一障害の方をあげています。
私も、この部分を読んで、社会的に公知になることがある情報でも、望まない場所において公開されたくない、と思われることもありえる、と感じました。

# 住基ネットが個人情報保護対策の点で無視できない欠陥があるか、という点の論議は別にして、四情報の自己情報コントロール権という範囲で言及させていただきました。

投稿: snowyowl | 2006/12/05 1:13:21

qurさん、snowyowlさん

コメントありがとうございます。

お二人のご意見を合わせたような所をウロウロしているのが現状というか法的な立場も動いていると言って良いです。

個人情報保護法の解説本を読むと出てくる議論そのものなのです。

で解説本ではどうなっているのか?といういわば両論併記なのです。
その上で「個人情報保護法では」となっていきます。

よって、大阪高裁の判決は必ずしも「解釈が正反対」とかいう話ではないのですね。

しかし、アメリカ流の「放っておいてくれ」権利はアメリカでも少数派になりつつあるとのことで、ある種の原理論になっているのです。

ご承知の通り、武器を持って自分の身を守り、義務教育も自分でやる、電気や自動車は使用しないという街があるアメリカでの話ですからね、日本では適用は極めて難しい概念でしょうね。

ところで、住基ネットの4情報を元にいくらでも追跡可能である、というのは情報データベースという観点からは、不可避なことで問題に出来ることなのでしょうかね?

逆にいえば、住基ネットから離脱することで実際的な効果があるものでしょうか?
どうも判決はここらへんの実際的な効果について検討していないのではないか?と思います。
つまり「住基ネットは全面廃止するべきだ」なら分かるのですが、個々人が住基ネットを離脱することに意味があるのかな?
ここらは不思議な判決という気がしています。

投稿: 酔うぞ | 2006/12/05 8:00:34

こんばんは

# 数日前にコメントしようとしたら動きませんでしたので、時期遅れですが

> つまり「住基ネットは全面廃止するべきだ」なら分かるのですが、個々人が住基ネットを離脱することに意味があるのかな?

 請求がシステムの差し止めを求めたものではなかったので、(危険と思われる)バスから危険だと思う乗客が降りる権利を得ただけ(だけ、と言う表現が適切かどうかはわかりませんが)、というように感じています。

# 確定する方向のようですね

投稿: snowyowl | 2006/12/10 1:44:04

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