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2006.04.08

個人情報保護法・新聞協会の見解

産経新聞より「個人情報保護法 行政の非開示過剰 新聞協会が意見書
日本新聞協会は7日、内閣府の国民生活審議会個人情報保護部会が実施したヒアリングで、昨年4月の個人情報保護法全面施行以来、情報の取り扱いをめぐる過剰反応や行政の情報非開示が相次いでいると指摘する意見書を提出した。
また、情報の有用性と保護のバランスに配慮し、早急に制度を見直すよう求めた。
この記事は新聞協会の発表だからあっちこっちの新聞記事に出ていますが、現在の混乱は当初から指摘されていたことの現れなのでしょう。

まるで個人情報保護法が出来るまでは個人情報を保護する手段が全く無かったかのような対応になっていて、肖像権とかプライバシーの確保といったことまで全部をひっくるめて「扱わない方が良い」といった扱いが増えています。

ちょっと考えれば、名前や住所は個人だけのモノとして社会に出さないのであれば、そもそも必要がないモノだ。と分かると思うのですが・・・・。
新聞協会は特に行政のこれまでの公表方針の変更について言及しています。
さらに問題なのは、法律の拡大解釈とも言える行政の情報非開示の動きである。従来は公表していた幹部の天下り先を伏せたり、不祥事を起こした職員の名前を公表しなかったり、幹部公務員の経歴を省略したりするケースが少なくない。
当然公表すべき「公共の利害」に関する事項さえ、「個人情報の保護」を理由に情報の隠蔽(いんぺい)が進んでいる実態は、法律が想定した保護範囲を大きく逸脱するものと言わざるを得ない。
これは言い方をもっと追求するべきではないかね?
そもそも「行政」だけが非開示であることが悪いのか?一般企業や団体なら非開示は当然なのだろうか?
分かりやすく言えば、会社HPで経営者はどんな人か?を見に行ったら「個人情報は開示しません」として社長名を明示しなかった場合に、そのHPさらにはその企業は信用されるわけがないだろう。

つまり「信用」なんてものは自分ではどうにもならない、社会によって作られることなのだという観点からは行政も企業・団体もさらには個人も社会に対して過度に隠すと信用を失う、という現実を指摘する方が先決ではないだろうか?

問題の大半は「個人情報の価値の絶対視」にあるわけで、一般論として個人は社会によって活かされているという現実は個人は社会と妥協しつつ生活していくという当たり前の話に反している考え方だと、はっきりさせるべきです。

4月 8, 2006 at 10:53 午前 個人情報保護法 |

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