« 構造設計偽装・なんでもかんでも | トップページ | 白浜シンポジウム・私的な解説2 »

2006.04.07

白浜シンポジウム・私的な解説

コンピュータ犯罪に関する白浜シンポジウムについて個人的な観点から説明します。

なにしろ今年で10回目というのですから、1997年から始まっていて Windows 98 の時代からとなります(^_^;)

わたしが最初にこのシンポジウムがあることを知ったのは、それ以前から参加していたILCのメーリングリストでした。
ILCは1996年発足だそうでおそらくわたしは最初期に加入しています。インターネット上で公開された最初の法律コミュニティと言って良さそうです。それ以前は法律関係のネットワーク・コミュニティとしてはNIFTY-Serveの法律フォーラムが中心でしょう。

わたしが白浜シンポジウムを知ったのは、シンポジウムの中心人物のお一人である岡村久道弁護士がILCで宣伝したのを見たからです。
1999年の第3回に参加したのが最初で、それ以来白浜に通っています(^_^;)

まるちゃんの情報セキュリティ気まぐれ日記に「受付開始! 第10回コンピュータ犯罪に関する白浜シンポジウム」として過去のシンポジウムのタイトルを並べていただいたので利用させてもらいます。(^_^)
【参考】
■過去の開催
・2005年 第9回 顔の見えないネット社会 ~匿名性を考える~
・2004年 第8回 ユビキタス時代の個人情報保護
・2003年 第7回 e-japanを考える
・2002年 第6回 電子政府への期待と懸念
・2001年 第5回 サイバー社会の防衛のための国際協力
・2000年 第4回 サイバー社会の防衛
・1999年 第3回 ネットワーク時代のコンピュータ 犯罪
・1998年 第2回
・1997年 第1回
わたしが最初に参加した第3回の頃は、わたし自身はFAフォーラムのマネジャーとしてパソコン通信でフォーラムを運営していましたが、1997年ぐらいから紀藤弁護士や Beyond 氏とのつき合いが始まるといった具合でパソコン通信というか @nifty 外に活動の興味が移っていった時期でした。
当時は「2000年問題」が一般化してきてて、ニフティ社を口説いて「消費者のための2000年問題フォーラム」を作りました。

この時にニフティ社でも2000年問題の取り組みがシステム部の範囲の問題としてしか捉えられていないことを知って、ニフティ社の当時の担当取締役にケンカを売った形でフォーラムを作りましたが、その後になって2000年問題を社会全体や個人の問題として考えるという風潮が出てきて、新聞などでも特集が出ました。
この経験でわたし自身がちょっと社会とずれていると実感しているころでした。

今のようにブログで大勢の人が日記を公開する時代ではまだなくて、日記サイトを公開している人はまだ少数でした。
つまりインターネットでの活動の多くがHPの運用であり、それも企業や学校などが中心でした。
さらにプロバイダ責任制限法などインターネットを直接対象にした法律もまだなくて、全体として「どっちに向かうのだ?」と誰もが考えている(あるいはまだ考えていない)時代だったと言って良いでしょう。

NIFTY-Serveの中でマネジャーとして活動するとは「会員制」の枠の中での活動であって、法律的な問題などはニフティ社→マネジャー→会員といった上位下達構造が当然とされていました。
わたしは、2000年問題も法律問題でも「それで間に合うのか?」といった危機感のようなもので調べてみると、実はわたしが心配していることをニフティ社から教えてもらえるような状況ではないらしいことがはっきりしてきて、心配しつつニフティ社が教えてくれるのを待つのか?という大変に中途半端な立場にあることが分かって来ました。

結局は「もっと本格的に勉強するしかない」といった方向に傾いていたので、白浜に行ったのです。
この考えは後に情報ネットワーク法学会が出来た時に参加することに直結しました。

4月 7, 2006 at 09:14 午後 白浜シンポジウム |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2299/9476082

この記事へのトラックバック一覧です: 白浜シンポジウム・私的な解説:

コメント

コメントを書く