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2006.04.23

ネパール・王政廃止に向かうか?

読売新聞データベースからネパールの国王暗殺以来のニュース・タイトルを集めてみました。
2001年6月にネパール王室で皇太子が国王はじめほとんどの王族を銃撃し、自殺を図るという事件がありました。
国王を射殺した皇太子は脳死のまま後継者として国王に即位しその後に死亡します。
新国王には皇太子に射殺されたビレンドラ国王の弟のギャネンドラが新国王に即位します。
射殺事件が6月1日で6月4日にギャネンドラが国王即位ですから、ネパール王室では4日間で射殺されたビレンドラ前国王の葬儀、銃撃した皇太子ディペンドラの即位、ディペンドラの葬儀、現在の国王ギャネンドラの即位と4つの儀式があったことになります。
当時も今もこの銃撃・暗殺事件は銃撃した皇太子が死亡していることもあって、色々の推測や疑問があって政治的な不安定要因でした。

2001年6月の皇太子による国王銃撃事件の記事です。
  • 2001/06/02 ネパール国王夫妻ら殺害 皇太子が銃撃、自殺か 王族十数人も 王宮内晩さんで
  • 2001/06/03 ネパール王宮銃撃事件 皇太子、脳死のまま国王即位へ 故国王実弟が代行に就任
  • 2001/06/04 ネパール銃撃事件 ディペンドラ新国王が死去 王宮筋明かす
  • 2001/06/04 ネパール王宮惨劇 野党、真相究明を要求 国内で陰謀説広まる
  • 2001/06/04 ネパール王宮惨劇 皇太子結婚相手、インドとつながる家系 王妃ら反対の理由?
  • 2001/06/05 ネパール、ギャネンドラ新国王即位 警官隊がデモに発砲、2人死亡?
  • 2001/06/05 王宮周辺「真相を!」 疑念と怒り 渦巻くカトマンズ/ネパール
  • 2001/06/11 ネパール国王射殺 右きき皇太子、左から銃弾 複数犯行説を地元紙示唆
  • 2001/06/15 ネパール王族殺害 調査委が報告書、「前国王の単独犯行」 
このために、政治的に全く安定せず、2001年から2005年まで3年半の間に、6人の首相が交代しています。
2005年2月に実質的に国王の直接統治となり、非常事態宣言が出されましたが、この時に国王は「1年以内に地方選挙を実施」を発表しますが、政党の反発は強くなる一方でした。
  • 2001/07/20 コイララ・ネパール首相が引責辞任
  • 2001/07/23 デウバ元首相、新首相に選出/ネパール政権与党 
  • 2002/10/05 ネパールのギャネンドラ国王がデウバ首相を解任
  • 2002/10/12 ネパール新首相にチャンド氏
  • 2003/05/31 チャンド・ネパール首相が辞任 「国王のかいらい」批判受け
  • 2003/06/05 ネパール新首相にタパ氏を任命
  • 2004/05/08 タパ・ネパール首相が辞任
  • 2004/06/03 ネパール首相にデウバ氏
  • 2005/02/02 ネパールのギャネンドラ国王、首相を解任 政党と深い溝 “直接統治”の動き
  • 2005/02/02 ネパールのギャネンドラ国王が非常事態宣言を発令
  • 2005/02/15 ネパールの主要6政党が統一組織結成 「絶対王制認めぬ」共同声明
  • 2005/04/15 「1年内に地方選」 ネパール国王が発表
  • 2005/04/28 ネパール当局、デウバ前首相を拘束
2006年になってから反国王闘争は武装闘争も含めて激化する一方で、昨日はカトマンズで10万人のデモが行われましたが、カトマンズの人口が70万人とのことなので、14%が参加したとなり日本の人気のない選挙の投票率のような数字です。
元々、ネパールはインドの中国が対立している中間に位置していて、王室はインドやイギリスに縁があります。その一方で長年のネパールでゲリラ活動をしている左翼勢力は毛沢東派と呼ばれ武装闘争を続けていました。
元々、反王室的と反政府運動があるところに、ギャネンドラ現国王の人気が無いことはますます反国王運動を強くして、ついには立憲君主制の否定論も出てきていて王政そのものの廃止もあり得るか、という状況になりつつあるようです。
  • 2001/11/27 ネパールで極左ゲリラ800人蜂起 銃撃戦200人死亡 国王、非常事態宣言
  • 2002/03/24 ネパールで毛派拘束1万人 幹部も殺害 政府軍攻勢強める
  • 2006/01/03 ネパールで毛派が闘争再開発表
  • 2006/01/20 ネパール主要政党幹部ら100人拘束
  • 2006/01/21 ネパール治安当局、7党の活動家ら200人以上を拘束
  • 2006/01/22 ネパール首都で治安部隊とデモ隊衝突 300人拘束
  • 2006/01/23 毛派と銃撃戦、23人死亡/ネパール
  • 2006/02/09 ネパール地方選投票 国王と政党の対立決定的に 治安部隊発砲、1人死亡
  • 2006/04/07 反国王ゼネスト開始 デモ参加者400人拘束/ネパール
  • 2006/04/08 ネパール「国王に問題」 体制内からも反旗 ゼネスト、逮捕750人超す
  • 2006/04/21 ネパール首都で10万人デモ強行 治安部隊発砲 3人死亡、200人超負傷
治安状況の悪化は、2006年2月に1年前に国王が約束した地方選挙で政党が一致して反国王の立場を明らかにしたことによって、戒厳令、夜間外出禁止令、と締め付けを強化するに応じて悪化しました。
昨日2006年4月21日にギャネンドラ国王は直接統治を放棄し、国民に行政権を委譲すると表明しましたが、主要7政党は国王の呼び掛けを無視することで一致しました。
すでにネパールの世論は王政廃止に向かっているようです。
  • 2004/05/07 ネパール国王に批判の嵐 民主化要求激化
  • 2005/05/01 ネパール国王、非常事態宣言を解除
  • 2005/08/23 「国王のクーデター」から半年 ネパールに高まる王制廃止論
  • 2005/08/31 2大政党、国王に「ノー」 立憲君主制支持を綱領から削除へ/ネパール
  • 2005/09/02 ネパールの最大政党、立憲君主制支持の取り消し承認
  • 2005/10/13 ギャネンドラ・ネパール国王、下院選実施を指示
  • 2006/01/21 ネパール、地方選で混乱に拍車 主要7党が不参加 毛派は暴力で妨害
  • 2006/02/02 掌握1年 ネパールの国王全権、失敗の声 民主化、治安「逆ばかり」
  • 2006/02/08 ネパール地方選、厳戒下投票開始
  • 2006/04/06 ネパール、首都に夜間外出禁止令
  • 2006/04/08 ネパールで外出禁止令 抗議集会阻止狙う
  • 2006/04/11 ネパール 国王強権姿勢に主要7政党、抗戦の構え 政府は徹底取り締まり
  • 2006/04/13 ネパール「反国王」全土で激化 抗議1週間 毛派が7党後押し
  • 2006/04/14 ネパール国王が選挙参加呼びかけ
  • 2006/04/15 ネパール国王、直接統治放棄を拒否 総選挙参加呼びかけ 政党は反発、緊迫続く

4月 23, 2006 at 12:00 午前 海外の政治・軍事 |

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