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2006.02.11

高齢者用見はり付き住宅で孤独死

神奈川新聞より「入居者の死亡、1カ月気付かず/横浜の高齢者用住宅
横浜市の生活援助員派遣サービス付き同高齢者用住宅で、一人暮らしの六十代男性が部屋の中で病死したまま約一カ月間も放置されていたことが十日分かった。
横浜市の生活援助員派遣サービス付き高齢者用住宅とはモニターシステムが付いているようで、水を12時間使用しない場合にアラームが送信されます。
実際にこのシステムを運用しているのは警備会社ですから技術的には確立しているのでしょう。にも関わらず「一ヶ月も分からない」とはなぜだ?ですが、記事によると大きな落とし穴があるようです。
水を12時間以上使用していないと警報が出た。
警備員がかけつけたら、本人が出てきて「寝過ごした」と言った。
警備員は生活援助員(の事務所)に報告した。
生活援助員が1時間半後にモニターで確認したら「外出(不在)」していた。
その後、週二回のペースで生活援助員はモニターをチェックするが「不在」。
17日後に生活援助員は「周囲の人が見かけない」と情報を本部に通報。
本部には「見かけない」と情報が相次いだ。
一ヶ月後に親族に知らせ許可を得て、家に入り遺体を発見。
実際に起きたことは、最初に訪問した警備員が外から施錠したことでシステムは「外出」として「不在」と送信した。
というのですが、これはシステムでは回避できないですね。
実際に外出した場合に区別が付くのかを考えると、外から鍵を掛ける、水道、トイレは使わないといったことは当たり前ですし、まして「見かけない」も当たり前です。

確かに期待していたのとはおよそ違う結果ですが、担当者の情報交換によってなんとか出来るのか?を考えると「それでは高く付くからシステム化を推進」といった側面もあって、果たして解決策になるのかどうか、分からないですね。

2月 11, 2006 at 07:51 午前 医療・生命・衛生 |

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コメント

高齢者の話は、人ごとではなく、思わずコメントしてしまいました。

一人暮らしの母に携帯電話を持たせたのは、十年前です。
家に電話して、出ないと、出かけているのか倒れているのか分からない。
出かける予定と聞いていない日に出ないと
深夜、これで出なければタクシー捕まえて見に行かなければ と
ギリギリでセーフが何回か。(実は麻雀に行っていた)
安堵と共に、それまでの不安な時間は、たまらないものでした。

携帯だって、持って出るのを忘れることもあるし
最良の解決策ではないけれど。
それでも、大丈夫かな?? を 確かめられる可能性は広がる。

いつかは逝くのだと腹は括っています。
その瞬間を看取ってあげられるかどうかは、分からない とも。
一人暮らしをさせていること、どこかで引っかかっているんですね。
 老人ホームから退去して、同居した上原謙だって
 結局、浴室で一人で亡くなってしまったし と
 自分を納得させようとしているところがある(^^;)。


今回の話にしても
出かけているのか倒れているのか、分からないんですよね。

やっばり、一日に一度か二度、声がかけられればなぁ。
互いに声が聞ければなぁ。
出かけるなら出かけます とか その時の声の調子とかで
具合が悪そうとか 眠そうとか分かるんだけどなぁ。
一人暮らしなら尚、この時間に電話が来るって思うと
待って居るんじゃないかなぁ。。
まぁ、ほっといて欲しい人も中には居るのかも知れないけど
見守りシステムにしか頼れない って 寂しい話ですね。

投稿: お〜ば | 2006/02/12 10:41:33

お~ばさん、コメントありがとうございます。
(つ~か、読んでくれたのね(^_^)

今、近所のデイケアセンター(地域ケアプラザ)が「徘徊者見はりネットワーク」といったものを作るというので、手伝っています。

社会システムは難しいです。
日本は今までが製造大国でしたらか全国民に「なんか機械的な仕組みにすればOK」と考えるようで、仕組みを作ったところからの問題について思考放棄が多く出てきます。

この「運用するにはこんな問題が」というのはどうもお役所の持っているノウハウなどが中心のようで、結果的に「素人は分からないから黙って指示に従え」的な展開になってしまうんですね。

そこらへんをどうやってバランスを取るかの問題で、その実践は基本的には教育になるはずですが、「教育費を考えろ」みたいなことを言うと驚かれるのですから弱ったもんだ。
なんてことをやってます。

投稿: 酔うぞ | 2006/02/12 10:59:52

なかなかコメント出来ずにいますが(^^;)、読んでますよぉ!

徘徊者のみはりですかぁ。ということは、ケアセンターから出て行っちゃう人かな。
徘徊は家族の人も本当に大変だし、人にも迷惑をかけるかもしれないし、本人にも危険があるし、見はりって必要な気がします。
それにしても、お役所って、「運用するにはこんな問題が」って、どんなノウハウを持っているんでしょうねぇ。

や、とても冷たいと言われそうだけれど
高齢者の一人住まいの見守りサービス って、何を見守っているのだろう?? と、ふと思うんです。倒れていれば、早いうちに通報して病院に運べる。命が助かるかも。だけど、そのサービスにしか頼れないって、命が助かっても寂しいなぁ 生身で案じてくれる人は居ないのか?? と 思ってしまって。。。
とってもとってもとっても穿った見方をしてしまうと、孤独死され長く放置されてると後が大変だから?? と思ったり。
父が倒れてICUに運ばれ、もう脳死状態だったのだけれど病院に待機しているとき、私はここで何を待っているのか と思ったのと、ちょっと似ているような。。

投稿: お〜ば | 2006/02/13 17:20:00

>徘徊者のみはりですかぁ。ということは、ケアセンターから出て行っちゃう人かな。

最初に話というか「相談があります」と来た時(去年の夏です)には、お考えのようなことかな?と思ったのですが、巻き込まれるに従って「まるで違う。大がかりなもの」でした。

とりあえずは、地区での取り組みだそうですが、成功すれば、区全体に広げたい、なんだって。

だから、打ち合わせには区役所の職員が同席する。

以前からソーシャル・シミュレーションというのに興味を持っているのですが(35年来だ)、全然できないんですよ。
何ができない・分からないのか?というと、社会の仕組みを部分的にでも数学論理で表すことが私にはできない(センスがない)のであります。

じゃあわたしは並み外れているか?というとそうそう人と変わっているわけではないから、結局は個人は社会に漠然たる不安や希望を持っても将来を確信するほどの事は感じられないようになっているのですね。

これは幸せなのかもしれない。

人口問題を分析していると「一人あたりGDPと合計特殊出生率はどういう関係だろう?」なんてことが気になるのよぉ。

投稿: 酔うぞ | 2006/02/13 17:30:21

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