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2005.03.11

求刑通り無罪の判決?

毎日新聞より「誤認逮捕:男性に求刑通り無罪判決 宇都宮地裁」

野口佳子裁判官は「被告に合理的な疑いがないことは明らか」と強盗罪について論告通り無罪を言い渡した。また、別の暴行罪は男性の心神耗弱を認めて罰金20万円(求刑・懲役8月)を言い渡した。

この裁判は、検察が起訴後に犯人じゃないとして無罪を求刑した。というものです。
少々不思議なのは、わざわざ裁判所が判決している点です。

当然ながら弁護側は検察の無罪の求刑に異存は無いわけですから、検察・弁護ともに無罪なわけです。この状態で裁判所が「いや、有罪だ」と言えるのか?です。
裁判所は「合理的に疑いがあるが、求刑が無罪だから仕方ない」とでも言うのならまだ分かるのですが、裁判所も「無罪は明らか」と言うべきなんでしょうかね?

基本的に裁判所は法廷に出された証拠でのみ判決するべきで、この場合は検察・弁護ともに無罪を主張しているワケだから、どんな理由があろうと無罪判決以外には無いはずです。
ところが新聞記事でも「求刑通りに無罪判決」となっていますから、求刑は無罪を主張するが、有罪の場合もありうる、という求刑だったのかな?

なんか不思議な印象があります。

3月 11, 2005 at 01:43 午後 事件と裁判 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2005.03.09

噂の真相編集長・有罪確定

読売新聞より「「噂の真相」記事で名誉棄損、元編集長ら有罪確定へ」

1、2審判決によると、岡留被告らは同誌93年6月号と94年1月号に、<1>作家の和久峻三氏(74)が原稿を他人に代作させている<2>コンサルタント西川りゅうじん氏(44)が怪文書の送付に関与している――などとした記事を掲載し、両氏らの名誉を傷つけた。

2003年11月20日に弁護士会館での「表現の自由と名誉毀損・プライバシー~損害賠償額はどうあるべきか~」(PDFです)というシンポジウムが開かれました。
この時には噂の真相の休刊は決まっていて、岡留編集長もパネリストの1人として参加していましたが、

名誉棄損の損害賠償額とは何かという議論というか定義を岡留編集長などメディア側の人が承知していなかった様子なのが非常に印象に残りました。

今回の最高裁判決は第一審が10年前の話しであって、その時から当事者である岡留氏が、2003年のシンポジウムで改めて法律上の名誉棄損における損害賠償の定義を勉強するといったことでは、これは続かないのも無理ない。と正直なところ感じたものです。

わたしは無責任なもので「へ-そういうことか、勉強になった」で戻ってきましたが、このシンポジウムには、岡留編集長、小学館の山了吉氏のお二人がメディア側というか、損害賠償請求訴訟を起こされる側、被害者代表として舞台女優の岩本亜弓氏、学者、会場から質問した人がほぼ全員フリーライターといった関係者が一同に揃ってそれぞれの立場を述べるというなかなか充実したものでありました。

シンポジウムの当初は岡留氏が実際に裁判中であるとか、休刊を決定したと言うことのいきさつとして「賠償額の高額化でやっていけない」「有名人や政治家に賠償するのは、どうも抵抗があるが松本サリン事件の河野さんのような無名の市民には手厚く賠償するべきだ」といった趣旨の主張をされていましたが、その後に法律学者の方から「名誉棄損の損害賠償は名誉を毀損されたことによる経済的な損害について賠償するのだから、多額の仕事をしている有名人ほど賠償額は高額なって当然だ」という説明がありました。
報道被害者代表の岩本亜弓さんは、これから主役級になれるといったところで週刊誌に全くのニセ記事のゴシップを出されて、主役級になる途が無くなってしまったそうで、これは賠償額では追いつかないという指摘をしていました。

このような、側面について岡留氏らがどうも知らなかったらしいのが、一番の驚きで正当であるから損害賠償の必要はないという種類の論旨でも無いようでした。

それら全部をひっくるめて最高裁の判決まで10年を要したわけですが、世論もまるで変わり、ネットワークが普及したことを考えると、なんかちょっとヘンな印象があります。

3月 9, 2005 at 01:11 午後 事件と裁判 | | コメント (2) | トラックバック (0)

個人情報DBの廃棄方法

月曜日(3月7日)にアップル・ジャパンで開催された個人情報保護セミナーに参加してきました。
講演者のお一人が藤原静雄・筑波大学教授で、非常に面白いというかキーになるお話しを聞いて来ました。

個人情報データ(デーベース)の廃棄の実務です。

わたしは個人情報データの廃棄はどうするのだ?とかなり考えていましたし、実務関係者の中では「捨てられないよな」といった理解で居る方が回りに居るので、わたしも「捨てられないものをどうやって廃棄するのだ?」と思っていました。

藤原先生の説明で「データの廃棄とは個人情報を書き換えてしまえば良い」というのです。
ついついて廃棄というとデータそのものを物理的に廃棄するにはどうするか?と考えてしまう自分が情けないですが、考えてみれば情報が消えれば良いわけで、それも個人情報なのですから、例えば個人が特定出来ないように氏名を書き換えてしまうことは個人情報の廃棄になるのですね。

これをさらに拡大してみると、例えばDMを出すといった業務においては最終的な個人情報を扱って、法律にも要求(義務ではない)されている通りなるべく最新の正しいデータにアップデートすることになりますが、顧客動向調査といった業務であれば氏名などを直接扱う必要が無い場合も多いでしょう。
その場合、先に氏名などを書き換えてしまえば個人情報データベースではない、となる可能性も視野に入ってきます。

さらに考えてみると、個人情報データベースを扱うのは個人情報取扱事業者ですから、少なくともその個人情報データベースに記載されている個人情報の本来の持ち主である、個人では無いのがほとんどです。
個人情報データベースを作った人が自分の情報を記載しても5000人分の1人以下です。

つまり、個人情報データベースと本来の個人は記載されいる個人情報を共有しているといって良いのだと思います。
共有するために個人情報データがある。
こうなると、それを断ち切ってしまう。例えば氏名ではなく番号にするといった方法は個人が特定出来なくなる、と考えますが総務省はIDは個人情報に当たると言っています。

結局、個人が特定できる情報を社会が共有している状態が問題なのでしょう。
クレジットカードの番号などは社会と個人が共有しているから社会的な意味での個人情報である、ということですね。

先に挙げた、氏名は番号に変えてしまう、というのは個人情報保護法上の個人情報データベースから、単なるデータベースにするのには社会と共有しない、つまりそのシステムオリジナルの番号などにする、といったことなりますね。
これは一種の暗号化であって、社会と共有しないデータであれば持って扱っても良い、と言えるでしょう。

もちろん、暗号化ルールなども含めて流出することで、復号されてしまっては意味ないわけで、慎重に取り扱うことに代わりはないですが、廃棄が出来るというのが明確になったのは良かったです。

3月 9, 2005 at 09:26 午前 セキュリティと法学 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2005.03.07

個人情報漏洩罪の検討だって

読売新聞より「個人情報漏えい、社員の罰則検討…自民が作業チーム」

自民党は5日、個人情報を漏えいした民間企業の社員に対する罰則の法制化を目指し、政調審議会の中に作業チームを設置する方針を決めた。

個人情報漏洩罰則を議員立法しようというのですが、もともと個人情報保護法で罰則などが全く考慮されていなかったのか?というとそうではなく、いろいろないきさつを経て今の形になりました。

そもそも情報窃盗罪が無くて良いのか?という問題が議論されます。


基本的に窃盗は複製ではないから、元の所有者の手元から無くなるということが窃盗の根本原理でしょう。ところが情報は盗んでも元の所有者の手から無くなることは無いのですから、窃盗というより複製です。
さらに、窃盗したと事件化した場合に被害者と犯人が同じ情報を所有していた場合に、どちらが正当な所有者かといった争いになった場合には、なかなか決めがたい。特に両者に同じ情報が現実にあるのですから決定しにくい。
これを利用すると、言論の自由に直接影響してしまうわけで、特許のように情報を登録制にでもしないと難しいでしょうね。

個人情報保護法について情報を流出させた社員に責任を追求する途が無く、経営者や会社には責任があることが不当だという考え方なのでしょうが、現行の個人情報保護法では名刺も遺伝子情報も同列で重要度を定義するという考え方自体がないので、名刺を紛失したことを理由に遺伝子情報の流出と同じ責任を負わせられるという可能性もあるでしょうから、こんなことになったらたまりません。

だからといって、個人情報保護法と全く無関係に法律とその中身を定義するというのもちょっと無理があるのではないか?と思うわけです。
マクロには良いかもしれないが、今まで出来なかったことには理由がある、というような立場で考えると法律制定は無理なんじゃないでしょうか?

3月 7, 2005 at 11:27 午前 セキュリティと法学 | | コメント (0) | トラックバック (0)

談話室滝沢は消滅なんですね

ZAKZAKより「消える「滝沢」消えぬ“伝説”…「全寮制」ホントだった」

45年間にわたり愛され続け、今月末に全4店舗が一斉に閉店することになった喫茶店「談話室 滝沢」。「飲み物はなんでも1000円」「何十年ぶりにいっても変わらぬ店内」、さらには「滝沢のウエートレスは全寮制らしい」-。そんな“都市伝説”も生んだ老舗喫茶の、閉店の真相に迫ってみる。

全寮制だなんて話は知らなかったのですが、談話室滝沢をいつから利用しているのか覚えてないですね。
軽い仕事向きの打ち合わせにはベストだったんですけどね。
これも時代の変化でしょうか?
まぁコンセプトとしてはいつまでも需要が無くなるものでは無いから、同じようなお店が出てくるでしょうか?それとも、既存のお店がマーケットを取り入れるのでしょうか?

3月 7, 2005 at 08:52 午前 日記・コラム・つぶやき | | コメント (3) | トラックバック (0)