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2004.10.16

三菱ふそう・国土交通省が使用停止命令

読売新聞より「三菱製大型車、ユーザーにもリコール強制措置」

国土交通省は15日、死亡事故の原因にもなった三菱製大型車のクラッチ部品欠陥を巡り、リコール(回収、無償交換)をまだ済ませていない約1350台に対し、道路運送車両法に基づく「整備命令」を出すことを決めた。
現在、リコール対象の計約7万2000台に対し、実施率は95.7%で、3000台余りが改修に応じていない。
このうち、約1700台は車検切れだが、現在も使用が確認されている約1350台中、約100台はリコールに応じない悪質なケース。また、約600台は所在不明になっているという。

リコール制度とはメーカが責任を持って、つまりコストを負担して自動車の社会的な意味での安全性を確保するという方法で、自動車メーカに課せられる可能性のある各種法的な責任から解放するという現実的な仕組みである。
これを三菱ふそうは出来なくて国土交通省なら出来るというのはどういう事だ?
少なくとも国土交通省が実施するコストは三菱ふそうに請求するべき性質のモノだろう。
さらに三菱ふそうはリコール制度を活用出来なかったということで、法的な追求を受けて当然だろう。

それにしてもリコールに明示的に応じない100台というのがなぜなのか見当が付かないが、それ以上に理由もなくリコール処理が出来ない1000台以上というのはどういうことなのだ?
三菱ふそうの実務処理能力の問題じゃないのか?

10月 16, 2004 at 01:22 午前 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.15

人口問題

週刊!木村剛さんの記事「日本は高齢者天国なのか?:48%対3%」
日本の少子化による人口の推移について次のよう意見募集しています。

現在1億2000万人いる日本国は、あと20~25年くらいで1億人にまで縮むという計算になり、相当小さな政府にしないと持たないという結論になります。
そういう経済環境下において、日本経済はどう対処しえるのか、という厳しい認識を示されていました。
暗くなってしまうような話ですが、未来予測に興味のある方は、是非、明るくなるための政策私案をお寄せください。

と呼びかけているので、ほとんど私信ですが(^_^;)
人口問題・未来予測には極めて強く興味を持っています。

未来予測が占いの域を越えて注目されたのはダイヤモンド社刊「成長の限界」で、シミュレーションソフトによって「人類は21世紀を迎えることが出来ない」と「科学的に証明した」と言われた時です。

この時に使われたソフトウェアは DYMAMO で、その後パソコン用の STELA が登場して、現在もアップデートされています。

「成長の限界」では全世界をモデルにしたシミュレーションを行った結果、資源の枯渇と環境の汚染(破壊)が同時に進行して、収束しない情況になるために人類は21世紀が迎えられないという結論だったのですが、その後に批判的な立場からの研究が発表されました。

一つは、資源の枯渇=採掘可能量はコストの問題であるから、現時点での採掘可能量は価格の上昇によって増えることになる、という点。
もう一つは、食料は食事という文化的な側面が大きいから重量などで現すのはムリだという事でした。
イスラム教徒にブタを供給しヒンズー教徒にウシを供給しても食料問題の解決には明らかにならない、と書かれていました。

これら、批判的な研究や実際に21世紀に無事にたどり着いたことを含めて考えると、シミュレーションではデータを入力する人の考え方がどうしても反映するので、客観的な未来予測が基本的に難しいこと。
シミュレーションの結果は政策や経済に反映するので、改善したのかしないのかも含めて結果との照合が出来ないこと、といった根本的な問題は解決が困難です。


さて、日本の人口問題が少子化であり、人口減であることは疑いの余地が無いですが、それの何が問題なのか?という気持ちが非常に強いです。
わたしは団塊の世代なので、小学校・中学校では二部授業を経験しています。二部授業は現在のゆとり教育といった考え方で言えば論外でありましょう。しかしその「今から見ると論外のことを過去には当然のこととして実施した」という事実があります。

これを未来に向けてみると「今の判断では論外のことも、未来においてはやむ得ないこと」と是認されるでしょう。そうなると「今心配していることが問題」なのか「実際に未来において問題になるのか」という区別が出てきます。

人口減を嘆く論者は「人口プラミッドが崩れるのが問題」と言いますが、人口がピラミッド構造になっていることは、個人に還元すると天寿を全う出来ない人が大勢居ることに他なりません。これは架空の話しではあっても「全員が天寿を全うできる社会」よりも幸せなのでしょうか?

その意味では、人口ピラミッド構造から人口ビルディング構造に移行した結果として人口減になるのは当然で、ピラミッド構造になるつまり夭折する人達を補うために人口を過剰にしていた、とも言えるわけです。その調整期が今だとするなら、短期的には高齢化になり、その後に一気に人口減になることは理解できます。

結局はより良い社会とは何か?を論ずることなく、人口が減ると経済も縮小するから、人口減は良くない、と言っているとしか思えません。
唯一変わらないと言って良いのは国土の面積であって、果たして1億2千万人は日本の国土に相応しいのか、といったグランドデザイン抜きで、人口減を問題にしても、これは年金問題と同じで、幻想と現実の追いかけっこ、といったことになると思います。

10月 15, 2004 at 01:11 午後 人口問題 | | コメント (4) | トラックバック (2)

ダイエー問題の解説があった

池田信夫 blogさんの記事「産業政策の終焉」

今回のダイエー騒動には、不可解なことが多い。最初からメインバンクが「自主再建」では債権放棄に応じないといっているのだから、こういう結論しかないことは日本の常識だろう。

全くその通りですが、じゃあナンでこんなにも迷走したあげくにフタを開けてみたら「決算を監査法人が承認しません」などという、迷走以前の話しなのか大いに疑問だし、迷走そのものをやった高木ダイエー社長を批判するのは当然だ。
しかし、それでも「ナンで??」は残る、これを池田氏が解説している。

この迷走の最大の責任者が、北畑経産政策局長だ。
北畑氏は、かつて通産省が繊維や造船を整理したときのような「産業政策」的な手法が、まだ通用すると思い込んでいたのだろう。今回のドタバタは、不良債権問題の最終局面の始まりとともに、彼に代表される「古い霞ヶ関」の終わりを告げているのだ。

なるほど~・・・。としか言いようがない。
詳しくは池田信夫 blogさんの記事を読んでもらうとして、この記事を解釈すると、北畑氏のやったことはダイエーに対しては「民間で」と煽り銀行に対しては「役所のいうことを聞け」と言ったとしか思えないのだが、肝心のカネの問題は民間でないと出来ないわけでそれはどうするつもりだったのだろう?
あげくの果てに監査法人が判決を下したようなものだ。
カネボウの問題がそれほど響いたということなのだろうか?
日本経済はそれほどヤワではないと思うのだが、中央省庁のお役人はそうは考えないということなのだろうか?

10月 15, 2004 at 12:05 午後 経済・経営 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.14

ダイエー・再生機構送り

日経新聞より「ダイエー、再生機構活用・民間主導の再建断念」

ダイエーは13日、民間スポンサー候補による独自の再建計画作りを断念し、産業再生機構を活用する方針を固めた。

わたしはワールド・ビジネス・サテライトで、この話しが実は監査法人がダイエーの決算を承認出来ないと高木社長に通告したから再生機構に任せると高木社長が決断したというのを知りました。

決算が出来ないというのが本当であるならば、ダイエーの現経営陣は何をやっていたのだ?となりますし、それ以前の問題として承認が降りないような決算になることが分かっていて、なおかつ民間云々と言っていたのから下手すると詐欺同然となって大騒動になってしまうではないか。
と思うのです。だが、新聞にはこの「監査法人が・・・」というのは見出し程度で具体的な話しはまだ出ていません。

真相は後日明らかになるのでしょうか?
高木社長の辞任という話しも出ています。まだ当分の間は問題解明の話しが続くでしょう。

10月 14, 2004 at 03:04 午後 経済・経営 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2004.10.12

ツナガリ展を見てきました

10月11日三連休の最後の日に「ツナガリ」を見てきました。
一番の目当ては「なんでも作るよ」のコーゴローさんの作品とご本人にお会いすることでしたが、楽しく1時間ほど過ごしました。

ツナガリとはコレです(^_^;)
要するにココログの使い方の一つであり、かつデザイナーの作品展です。


なんでも作るよが話題になったのは「根性試しに作ってる」で、アニメ「装甲騎兵ボトムズ」に登場する、単座式のロボット兵器を鉄で実物大(1/1)で作ってしまう、という無謀というかやってみたいとと言うかを実践してしまっているのです。

 

会場にあったのは、肩、腕でしたがもうちょっとペラペラな材料を使っているのだろうと予想していたら、見事に剛体で重くて持ち上がらないほど。
どういうわけか布が置いていあるのですが、コーゴローさんの説明では「椅子代わりです」だって、確かに座っても問題無いです。
コーゴローさんの報告では肩は33キロで、腕は200キロぐらいになるとのこと。とても分かりにくいと思いますが、これは普通の機械(工作機械=旋盤やプレスなど)と同じぐらいの密度と言えます。

つまり、工作機械を見た時の重量感がそのまま出てくるのですから、ハリボテではあり得ない存在感になる、というわけです。この点は月刊アスキー10月号の32ページに「"鉄"ならでのは重量感や威圧感」と紹介されている通りで、疑問の余地など吹っ飛ばし「ホンモノ」であります。

素晴らしいのは、鉄のさび加減で「これは芸術だな~」と感心しました。
女性が「どうやってさびさせたのだろう?」と言っているくらいです。
色と形に関するセンスが素晴らしいです。

コーゴローさんご本人は会場で一番の人気者でわたしも含めて多くの人が話を聞きたがっていたのでお疲れのことだと思います。

春頃から半年で作るという計画で進めているそうで、出来上がりの見積は重量が2トン前後、全高4メートルになります。あと1ヶ月ぐらい掛かるのでしょうか?展示するのに適当な場所がないということで場所探しをしているそうです。

10月 12, 2004 at 11:51 午前 ウェブログ・ココログ関連 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2004.10.11

調光器

いきなりひんやりして来ました。
何年か前から、PCデスクの下に電気スリッパを置いてあります。

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素晴らしいことに、わずか12ワットで暖房効果があります。
が、実は熱いのです。
そこで、タイトルの調光器を付けてみました。
調光器とは白熱電球やモーターなど電気を動力にするような用途に対して、電圧を下げることが出来るものです。
その結果は、素晴らし~・・・・。今、とても快適な電気スリッパになりました。

10月 11, 2004 at 11:31 午前 新商品やお買い物 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2004.10.10

三菱ふそう・バスの椅子問題、13年前に仙台市向けには対策していた

「都バス・三菱バスに独自に対策」の関連ニュースが来た。
読売新聞より「仙台市、三菱製バスの欠陥座席補修させる…13年前」

仙台市市交通局によると、1991年に導入したバス11台を納車前に検査したところ、非常口横の座席が前倒しになることが判明。三菱側に指摘し、座席下と非常扉にストッパー金具を取り付けさせた。93年と2002年に同型のバス9台を購入した際も、金具の装着を求めた。

ところが三菱ふそうの対応は読売新聞の記事「市バス事故受け国交省、三菱ふそう側に早期改修指導」によると

三菱ふそうでは、部品欠陥が事故原因だったかを調べるため、本社から技術者を派遣した。さらに、事故の再発防止のために、リコールが間に合わない対象車両については、急ブレーキ時などに座席が前に倒れる恐れがあることを明記したステッカーを用意。欠陥部品が組み付けられている恐れのある、非常口横の座席の窓にはり付けることを決めた。

どういうことなのだ?
仙台市と大阪市に別のバスを売っていたことになってしまう。
あるいは仙台市には正規のバスでは無いモノを売っていたのか?
それとも、仙台市のバスに対して実施した対策はステッカー以下効果しか無い、あるいはステッカーを貼った方が安全だというものなのか?

こういうワケの分からないことをやるのが三菱ふそうということになってしまう。とりあえず椅子を外すのが良いだろう。

10月 10, 2004 at 01:03 午後 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

ダイエー自身の再建計画

「ダイエー再生問題は山場に」で書いたように、銀行はダイエーに最終通告を突きつけたわけですが、ダイエーも対抗策を進めているようです。
日経新聞より「ダイエー再建支援、米ウォルマートと丸紅が連合」

ダイエーの再建支援に向け丸紅と米ウォルマート・ストアーズが連合を組むことが9日明らかになった。産業再生機構を活用しないことが前提。
ダイエーは再生機構を使わずに経営再建することを目指しており、民間の投資銀行・ファンドから1000億円程度の出資を募る方針。

銀行は「金返せ」というでしょうね~。もっともこれで再生機構がはじき出されるという、わずかな可能性が現実のものとなると今度は「再生機構こそ邪魔者」という議論も出てくるでしょう。さらにはみずほ・UFJの両銀行が実は自分の都合でリスクを取れないということも出てくるかもしれない。
いろいろな方面のいろいろな思惑が交錯していると言うべきなのでしょうが、当事者にとっては落とし所がどこなのか、決定的ではないのでしょう。ちょっと目が離せないです。

10月 10, 2004 at 12:44 午後 経済・経営 | | コメント (0) | トラックバック (2)