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2004.05.15

三菱自動車の逮捕者の言い分

読売新聞より「ハブ破損、「危険度最高」もリコール会議にかけず

三菱自動車の元幹部で逮捕された7人の中で2人が業務上過失致死傷で逮捕されていたが、その詳細が報道された。
それによると、この二人は実にトンでもないことを主張しているらしい。

そもそも三菱自動車で不具合情報の扱いは、危険度の分類として3段階、それに対する処理区分が7段階であったとある。
簡単に言えば、ブレーキの不具合であれば、重大な危険度として扱うことに決まっている。一方対策は、緊急に対策するから対策見送りなどに分かれている。
もっともこれで、ブレーキの不具合を対策しないという決定が出るとすると、よほど明快な説明が無いと後から追求されるだろうから、危険度が高い不具合であれば直ちにリコールする、といった判断の方が当たり前だろうと思う。

記事によれば、1999年の広島県で起きた高速バスのハブの破損事故で、ハブを不具合情報を危険度高としたのだが、その扱いを継続調査にしたという。
これは上で書いた「常識」に反すると思う。

神奈川県警はこの常識に反する決定の背景には、92年以後ハブ破損の報告があったが、整備不良としてきたので、過去の決定に反するからということで、意図的に常識に反する決定に変更した、だから結果として横浜市の死亡事故になったということで、二人の責任を追及するということのようだ。

二人は、業務上の責任が無かったというのを理由に容疑を否認しているという。
しかし、それでは不具合情報の緊急度とか対策の優先度を決めるというシステムにどういう意味があるのだろうか?もし、容疑が無いのであれば、不具合対策のシステムに問題があったということで、対策システムの変更が必要だろうし、第一リコールという国の対策と合致している部分のシステムの変更が必要だということは、過去に作った自動車が国がメーカーとして認定するに足りない工場において、密造されたことになってしまではないか?三菱自動車は必要な範囲で販売した車を買い戻す(走ってはいけない車なのだから)ことになってしまう。

一方、システムは現在でも有効であり、特に変更する必要が無いのだとすると、それ運用する人が正しく運用していなかったことになるから、誰かに責任があることは確実だ。この二人は「自分に容疑は無い」という主張であれば、誰が容疑者と言うのだろうか?

5月 15, 2004 at 06:27 午後 もの作り | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.05.11

三菱ふそうのハブの構造

朝日新聞に三菱自動車のハブが壊れる仕組みが図解してあった。

      040507hub.gif

このように車軸、ベアリング、ハブ、ホイール、タイヤとつながって機能するのであるが、ハブが破断することでタイヤとホイールが外れてしまうわけだ。

現在問題になっているは、ハブの摩耗よって整備不良になるという三菱自動車の主張が、ウソではないか?ということなのだが、三菱自動車の主張の中にはアルミホイールを使用すると摩耗がハブの少なくても壊れることがあるというワケのわからないのがあるが、つまりはハブとホイールが触れる部分の摩耗量を問題にしているのだろう。
図でも分かるとおり、ハブにはボルト(スタッドボルト)が出ていて、そのボルトをホイールの穴を通してから、ナットで締め付けるて取り付ける。

ハブのこの部分の厚さは12~15ミリぐらいはありそうだ、一番薄い部分でも10ミリはあるだろう。
それが1ミリ減ったら破断するというのが三菱自動車の主張であるが、1割減ってしまうと破断強度になるというのは機械設計上はあり得ない話しである。
そもそも、鋳物なのだから強度のバラツキを10%以内に確実に止めることが難しい。

機械工学は200年の歴史があり、経験則もあるから計算上の強度は大体10倍ぐらいあるのが普通である。
飛行機のように軽量化のために厳重に設計計算をしている場合には1.5倍とかになる。
つまり1.1倍以下という余裕は考えがたい数値と言える。

また、ハブの構造はほとんどのメーカがほぼ同じ形態になっているはずで、他社のトラックなどでハブ破断事故がどのくらいあったのか?が重要な問題だろう。

つまり、根本的に設計ミスをしていると考えた方が適切であって、それを糊塗してきたというのはどういうことだ?

5月 11, 2004 at 08:58 午後 もの作り | | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.05.10

イラクでのアメリカ兵の虐待から

イラク刑務所でのアメリカ軍の虐待について世界的に報道されるようになったが、一部で解説がちょっとだけ出ているのだけど、2001年9月11日つまり2年半前の事件がきっかけになっていることについてその連続性について説明している記事がほとんど無いようです。
無謀でありますが、酔うぞ的な全体像の解説を試みます(^_^;)

2001年9月11日のアメリカ同時テロは、ブッシュ大統領をアルカイダへの制裁を強要しました。これは、ほぼ1年後(2002年)なってニューヨーク証券取引所のダウ工業株30種平均が同時テロ直後のパニックレベルの価格まで暴落しました。

これは、株式投資よりも貯金の方がなんかあった時に自分の財産を動かす(逃げる)のに都合が良いということで、株式市場から資金が逃げ出したからです。同時にニューヨークから事務所も逃げ出して、会社というかビジネスというものの信頼感が無くなってしまったのです。

アメリカ政府(ブッシュ大統領)としては、アメリカ国内が安全で株式市場に資金が戻ってくる、経済活動が円滑に動くことを緊急に全世界に知らせる必要がありました。

そこで2003年1月に国土安全保障省を作りました。国土安全保障省はアメリカ軍につぐ巨大な役所(公共事業)であって、CIA、FBI、沿岸警備隊、州軍などの機能を集中しました。日本であれば、省庁改正一括法案で何年もかかるでしょうが、大統領令で実行してしまいました。

こういう国内外へのアピールを準備をする一方、2001年9月11日の同時多発テロの実行者であるアルカイダをアフガニスタンで2001年10月から、攻撃を始めました。当初はすぐにアルカイダの指導者ビン・ラディンを捕捉するということであったが、2004年になってもまだ続いているのはご承知の通りです。

2001年中にアメリカ国内など全世界でアルカイダ・メンバーを捕らえて、2002年1月からグアンタナモ海軍基地に移送を始めました。
当初このアルカイダ・メンバーがどういう法的な根拠で拘束されているのか?という説明として「戦争捕虜」ということでした。これは、刑事事件で必要な裁判所の令状などが全く必要ないということを正当化するための説明と言うべきでしょう。

しかし、戦争について定めたジュネーブ条約によれば、国と国の戦争ではないアルカイダ・メンバーを戦争捕虜として扱うのは、無理なので戦争捕虜して拘束しているということ自体が「ジュネーブ条約違反」であるという意見は当初からありました。

2003年3月20日に連合軍はイラク攻撃を始めます。これは本来であれば戦争ですから、捕虜は戦争捕虜としてジュネーブ条約による保護を受ける権利があります。ところが、イラク兵を戦争捕虜ではないということで、刑務所での虐待という、近代史上でちょっと例の無い事件に発展しました。この事件の遠因が上記に書いた、アルカイダ・メンバーを捕まえるという(法的な)無理から来ているのであって、なんでそんな無理をするのか?と言えば、元は経済的な信用を早急に得る必要があった、というある種のドミノ倒しのようなことで、こんなことなってしまったのでしょう。

いったいアメリカ政府はこの法的なゴチャゴチャをどうするのか?が問題の中心になっていくように思います。少しの無理は通用するかもしれない、しかし無理に無理を重ねると、どうにもならなくなるという典型でしょう。つまり、事態を正常化することが段々と大変になって、最終的にはどうにもならなくなるということでしょう。EUが拡大して25各国化したのも偶然では無いでしょうし、アメリカの思惑とは逆に石油(原油)価格は40ドルになりました。これはエネルギー多消費社会であるアメリカを直撃するでしょう。

アメリカと日本を比較すると、石油の使用効率は日本の方が圧倒的に良いので原油価格の上昇は相対的に日本に有利になります。もちろん、巨大消費市場があるアメリカ経済の悪化は輸出主体である日本にとっても悪影響は大きいですが、昔ほど深刻な影響は無いはずです。それやこれやで、おそらくは一ヶ月ぐらいは国際情勢は非常に注目する必要があります。

5月 10, 2004 at 01:47 午前 海外の政治・軍事 | | コメント (2) | トラックバック (0)