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2004.09.02

記憶するべき日なのかも9月1日

まだ9月2日だから9月1日のことを書いても良いだろう。 わたしが興味を持っている法律的側面では2004年9月1日は記憶するべき日なのかもしれない。   一番目、京都地裁で winny 裁判第一回公判があった。つまり裁判の始まりである。 正確に言うともうちょっとマニアックな見方も出来る。 通称 winny 裁判とは winny の作者である金子氏をめぐる「著作権法違反幇助」の裁判である。幇助という従犯なので別に正犯がいる。これが、群馬県の人でこの人も京都地裁で裁判が進行中である。これが8月31日に懲役1年の求刑があった。その翌日の9月1日が金子氏の裁判の始まりであった。     二番目が違憲判決をめぐってすごいことかもに書いた、確定した判決の後に根拠となった法律が無効となった場合、再審請求できるという大阪高裁の決定である。これについては町村先生はじめ何人かがコメントしているが、いずれの意見も「大混乱になるだろう」という話しである。法律の新たな適用を昔に遡る(遡及)というのはもし一般化すると非常にまずい結果になると思う、さっさと最高裁で結論を出すべきだろう。     三番目が、三菱ふそう(自動車)のリコールの虚偽報告で、宇佐見元会長らへの刑事裁判の始まりである。この裁判は虚偽報告があったということにしないと国土交通省にとった多分非常に都合の悪いことになるのだと思う。その意味ではもともと虚偽報告というのが無理があって、それを被告側が突いたのだろう。 わたしの印象であるが、ハブもクラッチハウジングも基本的な設計でミスしているのだと思う。設計と言ってもその部品の設計が間違っている場合(ハブ)と設計の前提となる公差の設定が違っていた場合(クラッチハウジング)があるのだろうが、いずれにしても本職であれはヂェックするべき部分を見逃したのだろ。見逃したと書いたが見逃していけないのがプロの設計であるし、万一どこかを見逃して致命傷にならないように安全を確保しておくがプロであるから、見逃しはそれだけで重罪なのだが・・・・。 自動車には車検制度があって、最低基準ではあるが国が安全を保証してるのである。ハブの設計はわたしだけでなく機械工学の知識のある人は「なんだこれは?」といった印象を受ける設計である。三菱は「摩耗が0.8ミリで壊れる」と言ったのだが、ほとんど10ミリはある部品である、それが一割の摩耗で破断することあり得ない。一割の摩耗で破断するほど強度に余裕がない場合、破断する以前に曲がってしまう。これは機械工学の専門家でなくても中学生ぐらいでも直感的に分かることだ。そこで「人身事故になるほど致命的な設計ミスでした」となると、国土交通省の車検を通した責任という問題が出てくるのだろう。そこで元会長の個人的な責任に話しをまとめてしまうために、設計ミスは無かったが、リコールの届け出がウソだった、とやっているのだろう。隠さない方が良いと思うのだが。

9月 2, 2004 at 08:15 午後 セキュリティと法学 |

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