読売新聞より「大学入学、なぜ春なの?」
大学入学、なぜ春なの?
明治時代は秋入学も大正に入って転換
東京大学の学内懇談会が先頃、新入学生の入学時期を5年後、今の春(4月)から秋に全面移行する構想(中間報告)を発表しました。
秋に学年が始まる欧米に合わせ、優秀な外国人学生が入りやすくしようとの狙いだそうです。
この構想の是非を考えるため、現在の春入学の歴史をふり返ってみましょう。
1877年(明治10年)、東京開成学校と東京医学校が合併して帝国大学、現在の東京大学ができます。当時は文明開化と欧化一直線の時代。帝大の学年の始まりも欧米流の秋、9月10日(~翌年7月15日)でした。
それが今の春入学に転換したのは1921年(大正10年)。主に、初等・中等教育の学校とそれを支える師範学校の学事暦に合わせるためでした。
そもそも小中学校、師範学校も最初から春入学だったわけではなく、4月入学に統一されたのは明治時代中頃。1887年の高等師範学校に始まり、尋常師範(89年)、全国の小学校(92年)、中学・高等女学校(1900年)の順に春入学が定着します。
そのうちの師範学校が春入学に転じたのは主に次の理由からでした。(1)炎熱7月の学年末試験は不合理、(2)行政の会計年度に学事暦が一致しないのは不便、(3)徴兵(20歳)の届けが4月に早められたため、高年齢入学者が徴兵免除の特典を得るには4月入学が必要――。
大学と旧制高校は明治期こそ秋入学を継続していましたが、大正になり、政府が理由の(1)と(2)を盾に春入学を迫ると1919年、まず旧制高校が、続いて20年に大学も受け入れました。
大学が春入学を容認した理由としては、ほかに「秋から春に入学が早まれば(3月高卒)俊才諸君には半年の速進効果がある」ということも付け加えられています。(春高卒から秋入学までのギャップについて、今の秋入学構想が前向きに捉えようとしているのとは思考が逆)
もっとも、春入学に転じて10年たつと、制度変更に批判が出ます。例えば、東京帝大法学部教授・末弘厳太郎は、「春3か月講義のすぐ後2か月の長期休暇は教育上非常に不便」「3月の年度終了から4月新学年まで期間が短いから、教授は新年度準備が充分出来ない」など、春入進学の問題点を論じています。
近年になると小中教育の立場から春入進学への批判が登場し、「入学は春、桜の頃というのは東京中心思考の偏見で、沖縄や北海道では4月に桜は咲かない」「夏休みは学年途中の記憶維持目的の宿題よりも、心機一転、創造的な活動に充てる方が効果的」といった主張が教育研究誌に見られるようになりました。
もっとも、筆者は、「国際化と必ずしも直結しない文系の学生には、秋入学は就活や保護者負担に影響するデメリットがある」「桜の咲く頃の入進学はやっぱり日本人の感性に合う」という理由で、秋入学への全面移行にはまだ慎重です。
(調査研究本部主任研究員 鬼頭誠)
(2012年2月1日 読売新聞)
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大学以外の学校も全部4月入学で疑問に思わなかったわけですが、東京大学が9月入学を宣言してから、このような説明が出てきました。
この数年わたしは、小中高校に授業に行っていますが、2月~3月は来学期の企画の相談が入ってきます。
相談は、担当の先生から来ますが、先生にとっては「来年度」の話しなのですね。
この「来年度の話しをする」というのがけっこう問題で、公立学校だと人事が動く可能性がある。
担当の先生がOKでも、管理職の先生が異動して話が変わってしまう、ということもありました。
このような、学校を運営する上での期と授業をする期を同時に期変わりにするのはどうよ?と思いつきました。
アメリカ政府の年度替わりは、1月1日ですよね。
しかし、学校は9月で切り替わる。
そもそも行政や会社などの期変わりに、学校の授業を合わせるのは合理的とは言えないのではないか?
「転勤と、進学が重なってどうしたら良いでしょうか?」といった質問は以前から出ていました。
会社学校の期の変わりと、学習の期の変わりをずらしてしまう方が便利じゃないの?
小学校の入学時期を9月にして、20年がかりで9月を新学期にする、というのを検討するべきだと思う。